第69話「侯爵来たる」
翌日とその次の日は王都の安全確認のため、学園は休みになった。
魔族が出現して王女が襲撃された事件は、場所が場所のため隠しきれなかったのである。
「見事に魔族を撃退するなんて、さすが頼もしい」
評判に傷つくどころか、王族とその護衛の戦力は名声を得たほどだった。
俺の手柄じゃなくて王女殿下の護衛がメインになってたけど、べつにかまわない。
アデルに続いて二度も魔族の襲撃を阻止したとなると、魔族の矛先が俺に向けられる可能性がある。
「王家としてはそれは避けたいって思ったのでしょうね」
臣下の郎党に危険をかぶせる行為になってしまうから、とアデルに説明されて納得した。
俺だって魔族の標的にされるのはできればごめんこうむりたい。
今の時代の魔族たちがどの程度の強さなのか、情報が足りないのだから。
撃退した魔族たちが少数ならいいんだけど、さすがにその可能性はほとんどないだろうな。
「ダーリン、見て」
アデルは花を摘んで無邪気な笑顔を見せる。
「きれいだね。君はもっときれいだけど」
と言うと彼女は恥じらう。
「もう、ダーリンったら」
なんて言うけどうれしそうなのは隠せてない。
侯爵令嬢ともあろうものが自分で花を摘むのはよくないんだが、口うるさく注意する人の目が今はないのだ。
たまにはやりたいことをやるのはいいだろう。
心の休養は誰にだって必要だ。
「あら?」
そう思っていたら遠くから喧騒が聞こえてきて、アデルが屋敷の外へ視線を向ける。
俺はもちろん気づいていたし、何やらうれしくない予感がしていた。
その予感は残念ながら当たっていたと、御屋形様が俺たちの前にやってきたことで的中する。
「ここにいたのか、おまえたち」
「お父様」
アデルは目を丸くしているが、俺はあわてて立ち上がった。
侯爵家当主が立って話しているのに座ったままで許されるのは、アデルが愛娘だからだろう。
当主の性格によってはとがめられてもおかしくない行為だ。
「陛下に謁見してきた。とりあえずユーグはご苦労だった。よくぞレーナ・フィリス殿下を守ってくれた」
「はっ」
御屋形様のねぎらいの言葉に礼で応える。
「そして話だが、アデルはレーナ・フィリス殿下のご学友になりたいのか?」
「ええ、お父さま」
アデルは立ち上がって微笑む。
「ぜひとも殿下にはユーグのすばらしさを喧伝するお味方になっていただきたいわ」
ああ、そういう理由だったのか、と俺は納得してしまう。
彼女は王族と仲良くなって己自身を周囲にアピールする、という貴族的な感性をあまり持ち合わていないはずだったから。
「そういう理由は感心せんな。我が家が一番、お前が二番、ユーグは三番だ」
アデルの性格を熟知する御屋形様は、驚きもせずに淡々と指示を出す。
「もちろん、承知しております。そのほうが彼のためですからね」
アデルはニコリと言い返した。
「わかってるならいい」
御屋形様はとがめない。
婚約者候補のひとりに過ぎない俺中心な考えはどうなんだ?
という指摘、俺以外は浮かばないのかなと言いたい。
「お父様、今日はどうなさいますの?」
「当然泊まる」
アデルの問いに即答した。
家人たちの動きが昨日からちょっと違っていた理由はこれか。
御屋形様が今日ここに泊まるなら、先ぶれは来ていたはずだからな。
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