第65話「王女を送った結果」

 王宮は今回の人生で初めて見たが、相変わらず立派な建物だ。

 王家の権威を表すためのものだから、質素にできないんだろうが。


 護衛のふたりが傷を負っていることに気づいたらしい兵士が、ぎょっとしている。


「レーナ・フィリス殿下、何かございましたか」


 兵士のひとりが殿下に緊張した面持ちで声をかけた。

 同時に他の兵士は怪訝そうな目で俺を見ている。


「魔族らしき女に襲われて、危ないところを彼に助けてもらったの。とりあえず彼をわたしの部屋に招待するわ。宮内にそう伝えて」


「はは!」


 兵士は返事をしてあわてて駆け出していく。


「ユーグ、悪いけどすこし待たせることになるわ。例外があってはならないって規律を無視すると、あとで面倒になるから。主にあなたがね」


 と殿下はこっちを見て説明する。


 彼女自身は国王夫婦から注意されて終わりかもしれないが、俺たち臣下はただじゃすまないって意味か。


 殿下に悪影響を与えた元凶扱いされたらたまらない。

 それにあせってはいないので、おとなしく待つとうなずく。


 さりげなく警戒しているがあの魔族の襲撃を除いておかしな気配はない。

 何かあればアデルのところに戻りたいんだが、必要なさそうだ。


 あくまでもいまのところだが。


 殿下を差し置いてアデルのとこに駆けつけたいというのは、不敬だと解釈されかねないので沈黙を守る。


 殿下たちは鎧姿の騎士に囲まれ、守れるようにして建物の中に姿を消す。

 俺ひとりだけがあとに残される。


 と思いきや、数名の侍従たちが姿を見せた。


 真ん中にいるのは見事な銀髪の老人だけど、青い瞳から放たれる光や体格はそうとは思わせない。


 凄腕の騎士とでも言われたほうが納得できる風格すらある。


「失礼、ユーグ・デュノ殿でしょうか」


 王宮に長年勤めた侍従って、十中八九大物だよな。


「はい」


 意識的に背筋を伸ばして答えた。


「私は侍従長を務めているガイグ・アストロと申します。あなた様の接待をおおせつかりました」


 侍従長!?

 普通に大物なんだが。


 王宮の侍従は常時王族のそばにいる側近と言っていい。

 そして侍従長はその最高責任者だ。


 能力だけじゃなくて信頼も求められる重要な地位である。


「レーナ・フィリス殿下の危ないところをお助けになったということで、陛下より命じられました。どうぞこちらへ」


 ガイグの発言を聞いてマジか、と思う。

 王女を助けたことが陛下の耳に入るのはともかく、この展開は想像してなかった。


 おそらく単に礼を言われて終わりじゃないだろうな。


「ぶしつけながらその前にお願いしたいことがございます」


 と俺は言う。


 王女の恩人を招待してもてなすという形式になっているので、ある程度のことは聞いてもらえるはずだ。


「何でしょう?」


 ガイグは感情のこもってない瞳で俺を見る。


「私はアガット侯爵家のお世話になっている身でして、このことを先に侯爵家の屋敷へ知らせていただければと思います」


 と頼む。

 これは筋が通っている話だ。


「かしこまりました。さっそく人を出しましょう」


 それだけにガイグはふたつ返事で引き受けてくれる。

 さすがにこの人が行くことはないだろうが、王宮から伝令は出るだろう。


 俺の帰りを待っているアデルもすこしは安心できるはずだった。

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