第61話「いつものこと」
休みの間謎の予告状で教室内は盛り上がっていた。
いったいどこの誰が、どんな目的でこんなことをしたのか。
一番有力なのはただのいたずらで、次が有名な盗賊だった。
魔族の可能性を考える者は誰ひとりとしていない。
そもそも魔族と遭遇した経験がある者自体がほとんどおらず、都市伝説扱いになっているから仕方ないんだが。
むしろ俺とアデルの言葉を聞き入れてくれた殿下がすごい。
柔軟な方なのだろう。
下校時間になると、シリルがやってきて今日もお茶会に誘われる。
今回は俺も含まれていた。
昨日のはやはり、やらかす奴をあぶり出すためにわざとだったか。
昨日と同じ場所で、今日はシリルがお茶を淹れてお茶菓子はユーリが並べて、お茶会ははじまる。
「レーナ様は落ち着いていらっしゃいますね。賊の正体が魔族で、御身を狙っている可能性がありますのに」
とアデルが言った。
たしかに殿下は俺から見ても落ち着いている。
敵が魔族で自分が標的かもしれないといて、平常心でいられるだろうか。
魔族のことを何も知らないならともかく、殿下はある程度知識は持っているんだろうに。
「可能性だけ考えるならわたしは常に狙われる立場よ。アデルだってそうでしょう?」
殿下はいつものように笑う。
強風豪雨にさらされても凛と咲き続ける花の強さと美しさがそこにあった。
「おっしゃるとおりですね」
とアデルは認める。
アガット侯爵家に生まれた彼女もまた危険は多い身だ。
現に一度は夢魔にさらわれている。
「あなたの婚約者候補殿ではないにせよ、このふたりは相当な使い手なのよ」
と殿下はシリルともうひとりを見て、得意そうに微笑む。
自慢されたふたりはクールな表情を崩さない。
たしかにシリルはかなりの使い手で、気をつけないと気配を感じない。
隠密系のスキルを持っていたりするんだろう。
侯爵家のご令嬢が? という疑問はある。
ここで口に出すことじゃないから、ポーカーフェイスを維持しよう。
「シリル殿は相当な使い手だと感じます」
とだけ言っておく。
シリル本人が小さく一礼する。
「機会があればふたり手合わせしてみるといいかもしれないわね」
殿下は微笑みながら言う。
「わたしではとてもユーグ殿と釣り合いがとれるとは思いませんが」
シリルは恐縮してちらりとこちらに目をやる。
「そんなことありませんよ。知らない方との手合わせは、新しい発見の連続です。ご都合がよければぜひお願いしたいです」
と答えたが、これはウソじゃない。
現代の常識や戦い方に関して俺はまだそんなに詳しくないと思っている。
それらを学んで成長していきたいのだ。
「え、はい」
シリルは目を丸くする。
「本気で言ってるみたいね」
殿下の反応も何やら意味ありげだった。
「ユーグは強いのにおごらず謙虚で勉強熱心なのです。そこが素敵なのですけど」
アデルは説明をしたがこれはノロケなんじゃないだろうか。
「あらあら」
殿下は微笑ましそうに俺を見ている。
アデルは誇らしげだけど、こっちはちょっと恥ずかしいぞ。
だが、否定してはいけないことは学んでいる。
「アデルもよい婚約者ですよ。まだ候補ですけど」
と答えておく。
気のせいか、俺を見ている女性陣の笑みが深くなった気がする。
何だこの状況はと思うが、態度に出さないよう耐えた。
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