第60話「単なる可能性」

 休み時間、アデルは俺に目で合図してすぐにレーナ・フィリス殿下の下へと向かった。


「殿下」


「レーナでかまわないわよ」


 アデルの呼びかけに殿下は微笑みをもって返す。


「レーナ様、先ほどのホームルームのことなのですが」


「わたしもまだ詳しくは教えてもらってないのよ。ただ、戦力は何人か派遣してもらえるはずよ」


 彼女に対して殿下は残念そうに言った。

 殿下もまだ知らされていないということは、具体的なことはまだ決まってないのか?


「とにかくひとりになるなとは言われているわね」


 殿下は言ってからちらりと左右のふたりを見る。


「わたしもアデルも心配いらないと思うけど」


 殿下はそんなに心配していないようだが、アデルの反応は違う。


「差し出がましいですが、学園が一番狙われたくないのは殿下だと思うのですけど」


 と遠慮がちに言った。


「学園が狙われたくないのはそうだろうけど、宝と言われるとわたしの可能性はむしろ低いわよ?」


 殿下はあっけらかんと答える。

 これは鈍感なのか、それとも豪胆なのか判断に困るなんだが。


「学園自体が大切にしているものとだとすると、我々が知らないもののほうが可能性は高いですね」


 と言っておく。

 殿下が深刻じゃないのに、深刻な意見を出し続けるのは難しいだろうし。


「そうなのよね。その点は現状どうしようもないわよね」


 殿下はわが意を得たりとばかりにうなずく。


 どうやら彼女の中で予告状を出した賊の標的は自分ではなく、学園が所有しているナニカらしい。


 いまのところ両方の可能性があって、判断が難しいんだよな。


 学園が狙いの場合俺たち生徒は関与しづらいだろうから、殿下を守ることに注力したほうがよさそうだ。


「騎士団って学園も守るのでしょうか?」


 と疑問を口にしたのはユーリだった。

 レーナ・フィリス殿下は気にしない性格だとわかってるからこそ言える。


「守らないでしょうね。学園だって守ってほしくないだろうし」


 と殿下は答えた。


「それに学園側の戦力にはネフライト先生が含まれるもの。あの方に匹敵する戦力なんて、王国にはふたりしかいないわ」


 補足したのはアデルだが、意味ありげに俺を見る。

 まるで俺がネフライト先生に匹敵すると思っているようだ。


「残りふたりは今回の件で動くことはないでしょうね。国王陛下か皇太子殿が標的だったら別でしょうけど」


 と殿下は言う。 

 暗に自分にそこまでの価値はないと吐露していた。


「さすがに三大戦力がふたりも必要な事態にはならないかと」

 

 シリルが遠慮がちに言う。

 そうだよな、普通に考えたら彼女の思うとおりだ。

 

 ……そう思うのに何だかいやな予感がするんだよな。

 俺が倒した夢魔の存在が引っかかっているんだ。


 まったく関係ない可能性のほうが高いと思う。


「ユーグ?」


 アデルが怪訝そうな声を出す。


「何か懸念事項でもあるの?」


 そして心配そうに聞いてくる。


「いや、気のせいだといいんだけど」


 念のため俺は言うことにした。

 情報と心配事の共有は大事だと思うからだ。


「ネフライト先生じゃないと手に負えないほどの存在、俺やアデルには心あたりがあるだろう?」


 と言って意味ありげに彼女を見る。

 アデルはすぐにぴんときたらしく、短く息をのむ。


 その反応を見てレーナ・フィリス殿下は


「なるほど」


 と言った。


「魔族の可能性は考慮してなかったわ」


 俺たちにしか聞こえない声量でつぶやく。


「見事な想像力ね。一応父上には報告しておくわね」


 と俺に微笑む。


「考えすぎだと思うんですが」


 素直に考えて魔族がわざわざこの学園を狙う理由がないのだから。


「でも、無視するには危険すぎることよ」


 俺は可能性の低さも提示したつもりだったが、殿下は考えを改めるつもりはなさそうだった。

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