第62話「帰り道」

「では帰りましょう」


 という殿下の一言でお茶会は終わる。

 太陽がかたむいて空を茜色に染めていて、遠くで鳥が鳴いていた。


 どことなく物悲しい雰囲気になるのはこの時代でも変わらない。

 殿下は王宮に、俺たちは貴族街だからすぐに別れる。


「また明日」


 と言って手を振るのはユーリやシリルといった、仕えてる者たちだけだ。

 アデルと殿下は言葉を笑顔をかわすのみ。


 それが上に立つ者、貴婦人のふるまいらしい。

 

「何ごともなければいいのだけど」


 俺たちだけになったところでアデルが懸念を口にする。


「賊の正体や狙いがわからない以上、警戒するしかやることがないね」


 と俺は答えた。

 賊の正体と狙いがわかれば、使える手段は増えるんだが。


「案外それが狙いだったりしてな」


 と思いつきでつぶやく。


「え、どういうこと?」


 アデルが興味を持ったらしく食いついてくる。

 単なる思いつきとは言いづらく、俺は前世を思い出しながら話す。


「相手が警戒する言動をやっておいてすぐには動かない。すると相手はずっと警戒し続けなきゃいけないから、疲れてくるんだよな」


 魔族がちょくちょく使ってきた手である。


 勇者様や大賢者様には通用しなかったものの、そうじゃない一般人には充分有効だった。


「なるほど。いつ誰がどこで襲われるかわからないって、ずっと警戒し続けるのは大変だものね」


 アデルはすぐにぴんときたらしく、隣のユーリもこくこくとうなずく。


「今回の賊がもしも同じ考えだったら、長引くかもしれないわね」

 

「もしもの話だけどな」


 あくまでも可能性のひとつにすぎないと俺は指摘する。


「厄介な展開ね」


 とアデルは小さくため息をつく。

 守りに回るときはこれがいやなんだよな。


 攻撃側は仕掛けるタイミングやポイントを自由に選ぶことができる。

 守る側が神経を削られるもんなあ。


「俺はアデルを守ることだけに集中するよ」


 と小さな声で言う。

 申し訳ないけど殿下まで気に掛ける余裕はない。


「わたしもです」


 とユーリが言ってくる。

 

「頼りにしてるわよ、ふたりとも」


 と応えたアデルはリラックスしていた。

 態度からも伝わってくる信頼に、俺は元気をもらう。

 

 貴族街に入ったところで地面が揺れる。

 とっさにアデルをかばいながら伏せた。

 

 ユーリはしゃがみながら周囲を警戒している。


「何かしら?」


 とアデルが不安そうな声を出す。

 地震はこの大陸にはないはずだった。


 だから考えられるのはまず何かの事故だろう。

 大きな物体が地面に落ちたとか、何かが転落したとか。


 できれば様子を探りたいが、アデルを送るのが先だろう。


「屋敷まで行こう。あそこには護衛戦力もいる」


 王都の屋敷に詰めている使用人たちは、全員が護衛兼戦力だ。

 近くの屋敷も似たような状況なので、ある程度はあてにできる。


「ええ」


「はい」


 ふたりの少女は俺の判断に従い、早歩きで動き出す。

 何が起こるにせよ、近くに人がいるに越したことはない。


 ……あっちは王宮、殿下の帰り道なんだよな。


「アデル、行くよ」


 と言ってから俺は彼女を抱きかかえる。

 彼女は目を丸くしていたものの、すぐに俺に身をあずけた。


「俺が抱えて走ったほうが速いからな。ユーリ、ついてきてくれ」


「はい」


 俺が走りはじめるとユーリはすぐについてくる。


 使った魔法が《風のささやき》で、しかもアデルを抱えてる状況ながら、ぴったりついてくるユーリは大したものだと思う。

 

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