第37話「交戦」

「遺跡じゃなかったみたいだな」


 とボネが言った先には雑木林が広がっている。


「ここは遺跡じゃないんですか?」


 雑木林の中に地下遺跡があるんじゃないか? と俺は一瞬勘繰ったのだ。


「遺跡はもっと先の草原にある。ここから数キロは先だ」


 とボネは説明する。

 

「なるほど」


 それだけ距離があるなら間違えるはずもないか。


「ではいくぞ」


 ボネは小声で言い、俺は小さくうなずく。

 敵の本拠地が近いなら会話も慎むべきだろう。


「俺が先に行こう。お前さんは五分ほど待ってきてくれ」


 とボネは指示を出してから先に行った。

 彼は自分が囮になるつもりなのだろう。


 陽動を使ってまでアデル様をわざわざさらったのなら、彼のことを知っている可能性だってあるもんね。


 300ほど数えてからゆっくりとボネが向かった地点とは別の場所を目指す。

 アデル様の魔力の痕跡はルーペのおかげでたどれるからな。


 ボネが発見されれば、追跡チームがやってきたと気づくだろう。

 となると同じ道は行かないほうがいいはずだった。


 ちょうどいい具合の洞窟から中に侵入する。


 中に明かりはないけど、前世の経験を活かせばこれくらいなら光源なしでも

何とかなるだろう。


 魔力の痕跡はこっちの方面にあるな……遠回りするつもりだったけど、意外とあってたのか?


 やがて大きな広間にたどり着き、そこにはアデル様とノエミさんが縛られていて、ひとりの女が笑っている。


「ふふふ、やはりイキのいい乙女の精気は格別ね」


 女は黒い尻尾を揺らしながら愉悦の声を漏らす。

 ああ、と俺は女の正体に見当がついた。


 念のためこっそり《鑑定》を使ってみる。


 ──種族:夢魔、レベル40

 と表示された。


 やっぱり夢魔だったか。

 それにレベルが40なら俺ひとりでも何とかなるだろう。


「うん?」


 勘はいいらしく、音を立てずに忍び寄っていた俺のほうをぱっとふり向く。


「おやおや? 美味しそうな坊やがまぎれこんできたね」


 年齢はたしかにアデル様くらいだけど、話し方には年季が入っている。

 舌なめずりしている表情は、獲物を見つけた猫のようだった。


「ユーグ」


「まさかひとり?」


 アデル様とノエミさんは拘束されているが、猿ぐつわはされていない。

 だから驚愕の声をあげることができた。

 

 俺にとって幸いだったのは、ふたりとも普通の恰好をしていたことだ。

 どうやら精気をじわじわ奪う以外のことはされていなかったらしい。


「ふふふ、殺さずにさらって大正解。こうして獲物が寄ってくるんだから」


 舌なめずりしながら夢魔は俺のほうへゆっくりと近寄ってくる。


「ニンゲンって本当におバカよねー」


 夢魔は勝ち誇るが、俺は釈然としない。

 大規模なモンスターを陽動にして、アデル様をさらった策謀と計画性。


 それと目の前の無邪気で俺ひとりだけと決めつけて、余裕たっぷりな浅薄さ。

 どう考えても矛盾している。


「お姉さん、仲間はいるの?」


 油断を誘うため、せいぜい無邪気に聞いてみた。


「ふふふ、どうかしらね」


 さすがに正直に答えてくれるほど馬鹿じゃないみたいだった。


「それよりお姉さんが楽しい気持ちにしてあげるわ?」


 夢魔の特徴は「魅了の魔眼」と「誘惑」の魔法で、特に男は脆い。

 俺が見た郎党は男だらけだったし、ボネのような主力もいなかった。


 夢魔に不意打ちされたとなると、死者が出なかっただけでも奇跡かもしれない。

 夢魔への対抗策は実はわかってさえいれば簡単だ。


 レベル差が10以上あるなら、腕を軽くつねるだけでいい。

 甘い息を放ってきたので息を止め、弱点の火か雷で攻撃する。


「《雷の矢》」


「な!?」


 俺に攻撃されることを想定していなかったらしい夢魔は、まともに《雷の矢》を食らう。


「《雷の矢》《火の矢》《雷の矢》」


 さすがに一撃では倒せないので、攻撃を畳みかける。

 



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