第36話「マジックルーペ」
庭に出ると軍官が俺にペンダント型の通信アイテム、それから虫眼鏡のような品物を渡してくる。
「通信アイテムはわかるか?」
「はい」
うなずくと彼は虫眼鏡を指さして言った。
「それは【マジックルーペ】と言って、登録した者の魔力を追跡することができるアイテムだ。アデル様とノエミがどこにいるのか、それを使えばわかるのだ」
「すごいアイテムですね」
軍官の説明に驚きを隠せない。
大賢者様がそういうアイテムを作る構想があると風のうわさで聞いたことはあったけど、完成していたのか。
「魔族は魔力の痕跡を消すのは人間より上手いらしいからな。アデル様やノエミのほうを追うほうがいいだろう」
と軍官は説明を補足する。
たしかになぁと前世を思い出す。
魔族並みに魔力を扱えるのは勇者様や大賢者様くらいって評判だった。
というか勇者様や大賢者様がいい意味で異常なんだろう。
「ふたりだけですか?」
「人数が多いと魔族に気取られやすくなる。そうなるとアデル様の身が危うくなるかもしれん」
俺が確認すると軍官が心苦しそうに顔をゆがめる。
「だから少数精鋭なのですね」
と俺が言うとわが意を得たりとばかりに彼はうなずいた。
「そういうことだ。ユーグは十二歳というが、聡いし力もある。魔族だって手練れだとはにわかに信じられまい」
軍官の言葉になるほど、と納得する。
単に実力で選ばれたわけじゃなく、魔族の油断を誘える効果も狙ってか。
魔族ならともかく、人間だと十代前半で大人並みに強いっていうのは、なかなかいないもんな。
……勇者様や大賢者様は例外だけど。
「では俺が魔族の注意をひいている隙にユーグが、というのが基本戦術になりそうですね」
「その考えでかまわない」
ボネの言葉に軍官は答えた。
「ユーグはアデル様とノエミと面識があるから不都合はあるまい」
俺があの日アデル様に話しかけられてなかったら、使えなかった作戦だな。
人の縁ってやつは不思議だよね。
「では幸運を祈る」
「はっ」
軍官にボネはすぐ応えたが、俺はワンテンポ遅れてしまった。
初めてのことだからとふたりとも大目に見てくれた。
ボネの真似をしてルーペの右ふちを触ると、黒い点々が浮かび上がる。
「東の方角だな」
とボネがつぶやく。
たしかに点々は屋敷を出て東の方向にのびている。
「東には何があるのですか?」
さすがにさらった先が荒野ということはないだろうと思った。
いや、思いたかったというのが正しいか。
「……古代遺跡があったはずだな。そこにいるとはかぎらないが、遺跡には罠もある。覚悟しておこう」
「はい」
覚悟しておけと言われてもなぁというのが正直なところだ。
とは言え、ボネがまったく動揺していないなら、理由はあるかもしれない。
「罠対策のマジックアイテムはあるのですか?」
「ああ。ユーグは本当に勘がいいな」
質問に対してボネは驚いたらしく、一瞬息をのんだ。
「罠対策のマジックアイテムならひと通り俺が持っている。ついたところが遺跡だったら、お前さんにもいくつか貸し出そう。分断される展開に備えなければな」
そして一拍を置いて答えを返してくる。
場所によってはマジックアイテムを持たされても困るかもだしね。
「はい」
俺たちは慎重に東へと進んでいく。
お嬢様の魔力の痕跡が消された節がないのは、さすがの魔族もこの手のマジックアイテムは想定していないってことだろうか。
理不尽に強かった上にひとりで何百ものマジックアイテムを開発した大賢者様ですら、実現に時間がかかったアイテムだもんな。
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