第34話「侯爵家での出来事」
三日かけた距離をより早い時間で戻るというのは無茶な話だ。
実現できたところで疲労がたまって戦力にならなかったら意味がない。
「戦力が駆けつける」ことに意味があるというのがボネの考えで、俺も賛成だ。
「戦力が八人」と「ゴブリンにも負けそうな状態が八人」じゃまったく意味が違うもんね。
そういうわけで俺たちは往路よりもすこしだけ短い時間で戻ってきた。
きっと緊急招集された戦力が、敵を撃退しているはずだという希望を持っていたのは俺だけじゃない。
しかし、俺たちを出迎えたのは重くてピリピリした空気だった。
屋敷の庭には軍官が厳しい顔で、郎党たちに怒鳴り声をあげている。
彼の近くに立っているお屋形様は隣にいる年の近い婦人を支えながら、何やら話しかけていた。
いったい何があったんだろう?
庭が荒れていることから戦闘はあったんだろうけど、屋敷も無事だしお屋形様も無事だ。
だけど、何となくどこかが引っかかる。
何がおかしいんだろう?
「お屋形様、軍官殿、ただいま戻りました」
とボネが軍官に話しかける。
「ボネ班が戻ったか」
けわしい顔だった軍官の顔が若干やわらかくなった。
期待の主戦力が合流したときの上官のような表情だな、と直感する。
「何があったのですか?」
ボネの問いは自然と鋭くなっていた。
「お屋敷が襲撃を受け、アデル様とノエミがさらわれた」
「!!!」
みんなが絶句をしてしまう。
お屋敷が襲撃されたのは予想していたが、アデル様がさらわれただなんて。
さっきからあった違和感は、そのせいだったのだろう。
「まさか……敵戦力は? 防衛戦力が敗れたのですか?」
ボネが真っ青になりながら問いかけると、軍官はけわしい表情に戻って首を縦にふった。
「ダークハウンド200、オーク100は撃退したが、そのあとに現れた魔族に一瞬のスキをつかれたんだ」
軍官は苦々しい感情をたっぷり込めて言う。
「魔族!?」
悲鳴に近い叫びがボネ班から起こったのも無理はない。
魔族は他の種族を敵視しているし、攻撃性も戦闘力も高い種族だ。
さらにモンスターを支配して手駒にする特殊能力を持った個体がほとんどで、今回の一連の事件の謎が一気に解けた気がする。
「つまり我々はお屋敷から離れた場所に誘い出されたということでしょうか?」
「おそらくな。理由はわからんが、奴の目的は最初からアデル様だったようだ。あるいはお屋形様と何か取り引きでもするつもりなのか」
ボネと軍官も俺と同じ考えに到達したようだ。
それにしても魔族が侯爵家の令嬢をさらうなんて、どんな目的なんだ?
まさか身代金目的じゃないだろうし。
「幸いがあるとすればノエミも一緒にさらわれたことか。あの娘ならいざという時、アデル様の盾になれるだろう」
軍官は淡々として言った。
ノエミさんはたしかに忠誠心高そうな人だったけど……いや、黙っていよう。
彼女も貴族と言っても侯爵家ご令嬢と命の重さは同じじゃない。
本人も覚悟しているだろう。
「すまないがボネにユーグ。お前たちは休んだあと、アデル様救出作戦に参加してもらいたい」
「はい」
「もちろんです」
うすうすとそういう指示が出る予感はあった。
ボネと軍官が侯爵家の二大戦力で、俺がボネと互角に戦えるなら当然の判断だ。
「俺は残念ながらお屋形様と奥方様の護衛のため、残らねばならんが」
軍官は本当に無念そうに言う。
そりゃお屋形様の護衛だって必要だし、郎党全体を指揮する者が抜けるわけにもいかないだろう。
「魔族ってどんな奴だったのですか?」
と俺は聞く。
まさかこの時代に魔族が生き残っていたなんて、という驚きを飲み込んで。
「外見年齢はアデル様と同じくらいの女だった。だが、魔族だからな」
軍官は苦い顔で答える。
たしかに魔族はエルフ同様不老長寿で、数千年は生きるらしいからね。
外見年齢はあてにならないか。
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