第22話「それだけ期待されている」

 護衛と言ってもお嬢様が室内で楽器を習ったり、家庭教師に勉強を見てもらっている間、部屋の外で待機しているだけだった。


 大貴族アガット侯爵がおさめる領都だけあって治安はいいし、さらに好待遇で雇われた護衛たちも揃っている。


 そりゃめったなことはないだろうな。

 モンスター相手に実戦経験を積む前提でいろいろと言われたのは、納得だった。


「ユーグ、お茶しましょう!? お話ししなさい!」


 一日の習い事が終わったアデル様は、気を取り直して俺に要求する。

 この方はお話が好きだな……それとも貴族令嬢全般的にそうなのか?


 前世じゃ接点がほとんどなかったから、よくわからない。


「アデル様、もう夕飯の時間ですよ。ユーグ殿とは一緒になれません」


「ええー!?」


 ノエミさんの指摘にアデル様は呆然とする。

 基本貴族令嬢は家族、あるいは婚約者以外とは一緒に食事をしないはずだ。


 そりゃ学校生活がはじまれば、級友が対象になったりするだろうけど。

 失礼ながら、意外とアデル様は貴族令嬢らしくない性格なんだろうか。


 もしかしてこの時代じゃ常識が変わったのかと思ったけど、ノエミさんや他のメイドたちの反応から推測するに、大きく違わない気がしている。


 というか、何でアデル様は俺をかまってくるんだろう。

 新しく手に入れたペットの世話をしたいということかな?


 貴人の感覚は俺のような平民並みの者たちとはまったく異なっている。 

 そのことは前世でよく理解したつもりだ。

 

 美少女に好かれてうれしいなんて、とほうもない誤解をする余地はない。


「ちょっとユーグ、笑ってるの!?」


 理不尽な言いがかりだが、逆らっても何のメリットもないので黙って一礼する。


「こらー!?」


 なぜか怒りだすアデル様は、ノエミさんが制して目で「去るといい」と合図を出してきた。


 知り合ったばかりなのに無言で意思疎通が成立している気がするのは、アデル様という共通の人物のおかげだろうか。


 ともかくノエミさんの常識に感謝して部屋をあとにする。

 郎党用の食堂に移動して、夕食をとりはじめたらボネがやってきた。


「どうだった、アデル様の護衛は?」


「正直ヒマでした」


 近くには誰もいなかったので、率直に言うと笑われる。


「だろうな。めったなことはあるもんじゃない。あの方の護衛で一番難しいのは、警戒を維持し続けることだと言える」


 ボネの言うことはもっともだった。

 

「ところで何かご用ですか?」


 夕飯を食べに来たのかと思ったのだが、彼は俺の前から動こうとしない。


「ああ。実はお前さんがモンスターの間引きの参加する件、明日に決まったんだ」


「明日ですか?」


 さすがに話が早すぎないかと目を丸くする。


「俺もそう思うんだが、軍官殿がお前さんは若いんだし、覚えるのは早いほうがいいと判断して、お屋形様が認められた。決定だ」


「それはありがたいですね」


 覚えることが多いだろうというのは予想しているし、護衛なら他のメンバーとの連携もできるようになったほうがいい。


 新参者にいきなりやらせてもらえないだろうと思って、何も言わずにふられる仕事をこなそうと思っていたんだけど。


「それだけお前さんは期待されているってことさ。もちろん俺もしている」


 ボネはにやりと笑い、俺の右肩に手を置く。


「期待に応えられるように頑張ります」


 期待は重いかもしれないが、何の価値もないという態度をとられるよりはるかに心地よく、やる気も出る。


「おう」


 ボネはわざわざ伝えに来てくれただけらしく、軽く手をふって立ち去った。


 明日からか……今の時代、侯爵領にはどんなモンスターが生息しているんだろうか。

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