第11話「天使のような微笑」

「当然では? 初めて訪れたお屋敷で予定に入ってないお嬢様のお相手をさせられたら、普通は困惑しますよ」


 とメイドがあきれ顔で指摘する。

 いいぞ、もっと言ってやってくれ。


 俺からは何も言えないので沈黙を守るしかないが、おつきのメイドがお小言を浴びせる分には問題ない。


「むう……わたしが悪かったわよ」


 アデル様は自分の非を認めたものの、それ止まりだった。

 それだけでもかなり偉いと思う。


「僕は気にしていません。魔法を使ってもよい場所に案内していただけると、ありがたいのですが」


 俺はアデル様とメイドを無礼にならない程度にちらちら見る。


「ええ、ノエミ。今あいている場所はどこ?」


「この時間なら外の鍛錬場でよいでしょう。アデル様に披露する程度のものなら、使える余裕はじゅうぶんあるはずです」


 アデル様に聞かれたノエミさんは即答した。

 もしかして侯爵家内部のスケジュールを把握しているのかな。


 上流貴族のメイドが単なる貴人のお世話係じゃないことくらいは知っていたつもりだけど、これには驚かされる。


「じゃあそこに行きましょ。お父様に人をやってね。えーっと、ユーグだっけ? わたしが借りてるって」


「心得ております」


 ノエミさんは慣れた顔で、何回か無茶ぶり経験してるのかなと推測した。


 侯爵家のお屋敷は広大なので彼女に先導してもらわないと、どう行けばいいのか覚えられる気がしないな、これ。


 途中ノエミさんは一度立ち止まって他のメイドに話しかけ、その人は方向転換したので、侯爵様への伝言を頼んだんだろう。


 外に出て広大な庭を横切って、正門ではなく横にある門の入り口を通るとそこには何人もの兵士たちが鍛錬をしている最中だった。


 侯爵家が雇っている郎党たちだろうな。


 郎党にも序列があったはずだけど、今まで俺には縁がなかった世界だからあまりくわしくない。


 敷地の広さのわりに郎党たちの数は多くないので、たしかにじゅうぶんすぎるほどの余裕がある。


「あ、アデル様?」


 郎党たちは驚いて鍛錬を中断し、年長の男性が駆け寄ってきた。


「何かございましたか?」


 主君の大事な姫君がいきなり来たのだから、あわてて理由を問いかけるのは無理もない。


 彼らからすれば俺もアデル様側かもしれないが、心情的には彼らの味方のつもりだ。


「ああ。彼にすこし魔法を使わせたいのよ」


 アデル様はそう言うと、困惑したような視線が俺に向けられる。


「大して時間は取らないでしょう。すこし場所を移動していただくだけでけっこうですよ」


 そう言ったのはノエミさんだった。

 あれ、俺たちがあいてる場所に行くわけじゃないのか?


 と思ったけどそうか、侯爵令嬢のアデル様が郎党のために歩かされるのはありえないってことか。


「かしこまりました」


 年長の男性はうなずくと、ふり返って他の仲間たちのところに行って指示を出す。

 困惑しながらもすぐに従うあたり、やっぱり郎党って統制とれているよな。


 主君やその家族からの無茶ぶりに慣れているだけ、という哀しい可能性もあるんだろうけど。


 郎党入りしたら同じ経験をすることになりそうだけど、相手は侯爵家に限定されるのはこの場合メリットだ。


 最強を目指していくとは言え、今はまだ貧乏騎士の子にすぎない。

 庇護してくれる存在は重要だ。


「それじゃどうぞ?」


 アデルは可愛らしく微笑むが、どことなく挑発的だった。

 ここで力をアピールしておけば郎党入りする際、スムーズになるかもしれない。


 と思ったところで、もしかしてこれはアデルなりの手助けじゃないのか。


 この可能性に思いついて彼女の天使のような美貌を思わず見ると、微笑みが挑発から意味ありげなものに変わる。


 わたしがあげたチャンスをものにしてみなさい、と言っているようだった。

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