第12話「魔法のお披露目」

 正直、アデル様のように貧乏騎士の子にも優しさがあるご令嬢は、この先出会えるのかわからない。


 一番最初が最大の当たりだったということは、俺じゃないが経験した人を知っている。


 やっぱり侯爵家の世話になるのがいいのかなと思い、俺はちょっと気合を入れた。


「《風の息吹》」


 まずは付与魔法を使って風をまとう。

 

「《浮遊》」


 そして浮遊魔法で浮かび上がり、高度を上昇させていく。


「付与魔法? 《風のささやき》じゃなくてか!?」


「上級魔法だと!? あの年でか!?」


 郎党たちから大きなどよめきが起こる。

 やっぱり《風の祝福》だけでインパクトを与えたようだ。


「《雷の矢》」


 次に空に向かって攻用魔法を撃ち出す。

 戦闘訓練をしている郎党なら、評価してもらえるんじゃないかと思ったのだ。


「今のは攻用魔法!? 発現が速すぎないか!?」


「しかも詠唱してなかったぞ!?」


「ま、まさか、短縮詠唱!? 攻用魔法をか!?」


 郎党は大騒ぎになっていたし、アデル様とノエミさんもぽかんと貴族令嬢らしからぬ顔をして俺を見上げている。


 しまった、いくら何でもやりすぎたか。

 あまりすごいことをやりすぎたら、上級貴族たちの反応がこわいかもしれない。

 

 これ以上魔法を使わないほうがいいなと思って、ゆっくりと着地をする。 

 すると興奮で頬を紅潮させたアデル様が駆け寄ってきて、俺の両手をつかんだ。


 この格好で走れるものなんだなと他人事のように感心すると、


「すごいじゃない! あなた攻用魔法を短縮詠唱で使えるのね!?」


 早口でまくし立てられる。

 香水をつけているのか、バラのような匂いも鼻をくすぐった。


「あ、はい」


 きらきらした目を向けられて悪い気はしないが、さすがに顔が近くてドキドキする。


 女の子の顔を間近で見た経験なんて俺にはないし……。


「それに上級付与魔法も使えるなんてすごいわ! どうして黙っていたの!?」


 言っても信じてもらえないと思ったとは言えない空気だ。

 どうすればいいのかわからず、ちらりとアデル様の後ろを見る。

 

 ノエミさんが割って入って止めてくれることを期待したのだ。


 そのノエミさんは俺の視線に気づくとハッと我に返り、アデル様を引きはがしてくれる。


「ねえ、ノエミ、彼すごくない!?」


 アデル様は逆らわないどころか、彼女に勢いよく問いかけた。


「ええ、とても得がたい人材ではないかと」


「お父様に推薦しなきゃね! ねえ、あなたたちも見てたしょう!?」


 アデル様は次に郎党たちを向く。


「もちろんです、アデル様」


「非常に稀有な才能を持った少年だと存じます」


 郎党たちも興奮を抑えきれない様子で早口で言う。

 これはもう流れが決まったな。


「じゃあお父様に彼を推薦するから、あなたたちも賛成してね」


 とアデル様が言う。


「彼が郎党に入るのですか?」


「あの年であの実力があるなら、たしかに将来が楽しみですが」


「我々には異論がござません」


 誰も反対しないのはすこし怖い気はするが、今の時代だと短縮詠唱で攻用魔法はそれだけ価値があるってことなんだな。


 これ、侯爵様に力を見せなくてもいい流れになってないか?

 なんて思ったところでその侯爵様が父をふくめた男性たちを従えて姿を見せる。


「アデル」


 侯爵様は真っ先に自分の娘の名前を呼ぶ。


「はい、お父様」


 アデル様は全然悪びれず微笑をもって答える。


「デュノとその子は私の郎党ではないし、おまえの部下でもない。勘違いしてはいけない」


 怒っているというには疲れが色濃く出た表情だった。

 侯爵家の権力を使って横暴なことをするなというお小言か。


 けっこういい貴族なのかもしれない、アガット侯爵様。


「気をつけます」


 アデル様はすこしも懲りてなさそうな返事をする。

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