第6話「貴族社会について確認」

「特待生かぁ」


 そういや前世でも似たような制度はあったな。

 だけど、それよりも大事なことが今の俺にはある。


「モンスターと戦って経験を積んで今より強くなりたいんだけど、いいかな、父さん?」


 さすがにこの状況で反対されるとは思わない。

 ただ、父さんならどこに行けばモンスターと戦えるとか知っているだろう。


 その知識が欲しかったのだ。


「まあ俺より強いなら心配はいらないだろうが、まだ強くなりたいのか?」


 父さんは怪訝そうな顔になる。

 今よりも強くなってどうすると言いたそうだ。


 どうするって言われても、前世の英雄と同じ領域に到達してみたいという気持ちをどう説明すればいいのやら……。


 何も言わずこくりとうなずくと、父さんはポンと手を叩く。


「いいアイデアがあるぞ。ちょうど明日は会合があるんだ。ユーグも来るといい。そこで侯爵様に紹介しよう」


「侯爵様?」


 一瞬誰のことかわからなくて混乱する。

 こういう時、前世の知識や記憶がマイナスに働いたりするのかも。


「話したことがなかったか? ここらの地域の貴族たちを束ねているアガット侯爵様のことを」


 父さんは首をかしげる。

 聞いた覚えがあるような、なかったような?


「アガット侯爵様は東を代表する大貴族で、大きな派閥の領袖でもある。俺たちじゃまず逆らえないな」


 と父さんは冗談めかして言う。

 その辺は前世と変わらないと思っていたほうがよさそうだな。


「俺は国王陛下から爵位を賜った直臣だから、アガット侯爵様の郎党じゃないんだがな」


 爵位に序列はあっても侯爵様と父さんは同じ国王陛下の臣だ。


 それでも現実として中央の統制と権限を王国の隅々まで行き届かせるのは不可能に近く、有事の際に頼りになるのは近場の貴族たちになる。


「立場的には侯爵様の郎党より上なんだが、実際のところはなぁ」


 父さんの説明がいきなり愚痴っぽくなってしまった。

 郎党は主君から土地の一部を割譲してもらったり、俸給を受け取る部下のこと。


 前世と同じなら国王陛下の部下が貴族で、貴族の部下が郎党って認識でいいだろう。

 

「アガット侯爵家の領地は広くて豊かだからね」


 とマーグ兄も羨望がたっぷり込められた声で言う。


 貧乏貴族なんかよりも豊かな貴族の郎党のほうが、経済状態はずっといいという悲しい現実は今の時代でも同じなのか。


 そこまで一緒じゃなくてもいいのに。


「でもユーグくらい強かったら、アガット侯爵様の郎党に取り立ててもらえるかもしれないよ」


 とマーグ兄は言った。


「うん、俺もそれを考えていたんだ。アガット侯爵家は武を尊ぶ家風だからな」


 と父さんが言う。

 なるほどと思ったものの、一応確認はしておこう。


「俺が侯爵家の郎党になるのは問題ないの?」


 貴族の子息が他の貴族の郎党になるのは、時として問題になる例もあるはずだ。

 

「ああ。俺の息子は平民扱いだからな。手柄を立てれば騎士の地位を継ぎやすくはあるが、それくらいしか権利はない」


 騎士が一代かぎりの貴族で、その子どもたちがどう扱われるかは変わってないんだなあ。

 

 父親より騎士になるための条件がゆるくなるくらいしか、特権がないというのが貧乏騎士の悲哀か。

 

 たしかな才覚のある平民のほうがマシな生活してるとは思う。

 

「ユーグが侯爵様の郎党になったら、僕が与力になるという手もあるね」


 マーグ兄は笑顔でさらっと意外なことを言った。

 与力というのは郎党の部下のはずだ。


「兄さんはそれでいいの?」


 と俺が問いかけると彼は苦笑する。


「才能ある人間が他の家族を引き立てるのは貴族の習わしだからね。残念ながら僕におまえを引き立てるだけの能力はなさそうなんだけど」


 諦観とも言える表情だった。


 前世を思い出す前のことをふり返っても、兄さんは常に俺に優しく可愛がってくれた。


 俺が出世できたら仕事を渡すのはやぶさかじゃない……上手くいけばの話だ。

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