最終(3)

 声のトーンを落として静かに質問してきた柚莉ゆうりには、さっきまでの無邪気な姿はどこにもなく、ピリピリとした空気をまとっている。


 たまきは迫力のある柚莉にゾクリとするが、もうあとには引けない。


柊兎しゅうとを消すって言ったんだよ」


 言い終わった瞬間に柚莉はつかんでいた環の手を払い、もう片方の腕にこぶしを握って突き出してきた。


 対して環はすでに身がまえていて柚莉に肩を向け腕を立てて迎える。


 柚莉は面積の大きい腹を狙ったが、体術に覚えのある環は予測していて立てた腕でこぶしを外にはじく。


(一度やり合ってんだ! そう何度もやられるかよっ)


 殴りかかった腕をそらされた柚莉は少しバランスを崩し、ふところひらいていた。


 隙を見逃みのがさず、環はタックルするように腕を盾にして突っこんだ。


 かまえていなかった柚莉はまともにぶつかり、環がスピードと体重をかけてきたから軽い柚莉は簡単に押し倒された。


 環は倒れた柚莉に覆いかぶさるように体を密着させて足技を防ぎ、すばやく両手首をつかんで床に強く押しつけた。


 ほんの数秒の出来事だった。


 柚莉は倒された拍子ひょうしに息が乱れて痛そうな表情をしたがすぐに環をにらみつける。柚莉をうまく押さえこめたことに安心して、皮肉もこめて言った。


「前回ので学習したんだよ」


 柚莉は身をよじって抵抗する。環が乗っているので足技が出せない。しかもとられた手首に体重を乗せていて起き上がれずにいる。


「くっ! どけよっ」


 柚莉は力をこめてあらがいながら激しい目でにらんでいる。油断するとすぐさま反撃に転じるだろう。それでも環は柚莉に存在を認識されていることに充足感がわく。


(柚莉……オレを見ていてくれ。

 オレのそばにいてくれ。

 オレに…… 愛情を向けてくれよ……)


 今はこんなにも近くにいる柚莉。それなのに柊兎を想っているときのような愛情はなく、怒りの目でにらんでいるだけだった。それが寂しくて悔しくて……柊兎が憎くなってしまう。


 環はしばらく柚莉を見つめていたが、ギリッと噛みしめて意を決する。


「柊兎がいなけりゃ…… ほかに目がいくよな?」


「なに考えてるっ。柊兎は巻きこむなよっ」


 覚悟を決めた目をした環に、柚莉は嫌な予感がして血相を変えて怒鳴る。柚莉の言葉は無視して環は冷たく言う。


本堂ココはな、青龍寺 ウ チ が『はらえ』をする場所でもあり、呪術をかけるトコでもあるんだ。……オレに有利にできている」


 環はつかんでいた柚莉の両手首をきつくにぎる。すると急に重くなったので柚莉は驚いた顔をした。環はつかんでいた手を離して立ち上がった。


「なんだ!? なにをした?」


「手を封じた……」


 環がどいたので柚莉は動かせるようになった足を使って立ち上がろうとする。だが手首が床にぬいつけられたように固定されていて、その場から動けない。


 環は柚莉が動けないことを確認すると、本堂の奥にある一段高くなった場所へゆっくりと向かう。柚莉は焦りながら環に問う。


「なにをする気だ!」


「呪術をかけて柊兎を消す」


 青ざめている柚莉に対して冷ややかに答えた今の環は、仕事をしているときと同じ顔をしている。同情せず、なんの感情も動かない、あの冷たい表情だ。


「待てよっ! 環っ、やめてくれ! お願いだ! 柊兎を傷つけるな!」


(なんで…… なんでっ!

 オレじゃなくて柊兎なんだっ)


「前に言ったじゃないか! もうしないって!

 頼むよっ、環! オレはいいから柊兎を巻きこまないでくれ!!」


 柚莉は必死になって懇願こんがんする。普段の柚莉はこんなに激しく感情は動かない。物事にひょうひょうとしていて無邪気に反応する。それなのに柊兎が関わると愛情深くなり力強くもなる。


 こんなに一途いちずで激しい想いは見たことがない。柚莉の愛情を一身に受けている柊兎が妬ましい。この想いを自分に向けてほしい……。


(柊兎を消すと柚莉はオレを許さないだろう。

 だが憎むことでオレを見てくれるなら――)


「うるせぇ……そこで見てろよ」


「くそっ、くそっ! ほどけよっ! ほどけえっ!!」


 柚莉は叫びながら動かない腕を床から引き離そうとして暴れる。


 背後で必死に抵抗している柚莉を感じながら環が本堂の奥へ向かっていると、ゆらりと地面が動いた気がした。


 環は足を止めてようすをうかがうと、やはり少し地面がゆれている。ふいに横にぐらりと大きく傾いたかと思ったら左右に短くゆれ始め、ゆれは激しくなりだした。


 環は大きくなりそうな地震に対して柚莉が心配になり、振り向くと硬直した。封じたはずの柚莉の腕が床から少し浮いている。


 柚莉はこぶしを固く握りしめ、腕を床から引きはがそうとしている。ゆれが続くなか、腕は少しずつ床から浮き始める。


 環がふうの状態を視ると、床にピッタリとつけたはずの封がゴムのように伸びきり、切れ目が入っていて今にもちぎれそうになっていた。


 柚莉がさらに力をこめると腕につけている『蒼龍そうりゅう』の数珠に変化が生じた。


 ヴヴヴヴヴヴヴッと激しく振動して玉同士がぶつかる。激しさがピークに達すると、つながっていた水晶はパアンッと鳴り、神社のときのようにくだけ散ってしまった。だが今回はそれだけで終わらなかった。


 ひもに残された龍が彫られたあおい石も激しく振動している。しばらく耐えていたが、パキイッとひびが入ると蒼龍は二つに割れてしまった。


 蒼龍が砕けたと同時に、腕に施していた封がちぎれて煙のように消える。解放された柚莉は体を回転させてひざをついた。


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