最終(2)

 たまきが早朝の青龍寺しょうりゅうじ家を訪れると境内には柚莉ゆうりの姿があった。寒空の中、コートも着ないで段ボール箱を抱えて歩いている。


 環は想定外のことに驚くも柚莉に会えてうれしくなる。近づいていき声をかけた。


「柚莉、そんな薄着でなにしてんだ?」


「おはよう。『なに』って手伝いだよ。

 清宝せいほうさんから『蒼龍そうりゅう』の数珠を貸してもらっているから、行事があるときは手伝いをしているんだ。

 そういや環は行事の準備のときはいつもいないな」


(行事? ああ、節分があるのか。

 寺の行事が近いと手伝わされるからずっと避けてて忘れてたぜ)


「一人でやってるのか? 親父と兄貴はどうしたんだ?」


「清宝さんはお仕事で出ていったよ。

 清正せいしょうさんは来客があって対応している」


 車に積まれた箱を本堂へ移していく単純作業だが、けっこうな数があり一人では大変そうだ。


「節分用だろ? 数があるし1箱が重いだろ。一人で大丈夫なのか?」


「平気だよ」


(マジか……。女みてーに小柄なくせにパワーあるよな)


「本堂に用があるから手伝うぜ」


「ありがとう。って、寺の行事なんだから環が手伝うのは当然だろ」


 箱を車から本堂の入り口まで運び、ある程度の数がたまったら、次は入り口に置いている分を本堂の中へと移していく作業を二人は淡々と行う。


 作業の間、柚莉からは小さく鼻歌が出ていて顔もほころび楽しげでいる。本堂に入って山積みとなっている箱エリアへ向かう途中、柚莉のあとに続いていた環は気になって質問した。


「ご機嫌だな、なんかあったのか?」


「ん―――。ふふふ」


 考えただけでもうれしいようで、柚莉はもったいぶってなかなか話してこない。よっぽどのことらしいので環は気になりまた聞いてみる。


「気になるじゃねーか。なにがあったんだよ、教えろよ」


「ん――、実はね、柊兎しゅうとが来るんだ」


「え……」


 環は驚いて立ち止まったが柚莉は気づかずに歩きながら言葉を続ける。


「柊兎が三月に高校を卒業したら一緒に暮らすんだ~。

 新しい家も決まった。だから清正さんに浄化をお願いしようと思って――」


 話の途中から環は険しい顔になり持っていた箱を床に置いた。そして先を歩く柚莉の腕をつかまえて引き止めた。その拍子ひょうしに柚莉は持っていた箱を落としてしまった。


「ビックリした。落としたじゃないか」


「また『柊兎』かよ」


「……なんで不機嫌になっているの?」


「いつも柊兎、柊兎って…… ほかのやつのことも考えろよ」


 環は柚莉が至福の顔をするとき、柊兎が関係していることに腹が立っていた。これまで理由がわからなかったが、後輩と付き合ったときになんとなく気づいた。そして青龍寺総本家からの仕事をすませたあと気分が沈み、自分を見つめたときに完全に自覚してしまった……。


「親父や兄貴は、おまえのこと気にかけてるだろ。

 それに―― (オレだっているだろう!)」


 最後の言葉は言えなかったが、柊兎しか見えていない柚莉にイラついてしまう。言葉に出さない環の思いは伝わっておらず、柚莉は急に不機嫌になったことに困惑する。環は柚莉の鈍感さにもイラッとして、つかんだ腕に力が入る。


「イタ……。環、痛い。手を離して」


 柚莉は環のようすがいつもと違うので少し警戒した表情を見せる。気づいた環はよけいにイライラしてきた。


 環は無言のまま柚莉の腕を離さずにいて、さらに力がこもる。柚莉はますます警戒心を強めて距離をとろうと身を固くして後ずさりをした。


 不審そうな目をし始めた柚莉のようすに環はふつふつと怒りがわいてくる。柊兎には絶対そんな顔しないだろうと苦々しく思い、つい喧嘩腰になってしまう。


「なあ…… あいつが……柊兎がいるせいで、おまえがあいつしか見ねえのなら、柊兎はいないほうがいいか?」


 言葉を聞いた柚莉にピリッとした空気が流れる。後ずさりしていた動きが止まって目つきが変わる。殺気を宿した眼光で射貫くように環の目を見た。


「今、なんて言った?」


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