女(3)

「なあ、青龍寺しょうりゅうじ高橋たかはしが入っているサークルの後輩の篠宮しのみやってコさ、明らかにおまえ狙いだよな」


「そうかあ?」


「ああ、わかる。わかるって(笑い)」


 大学構内を移動している青龍寺とその友人たちは、グループにひんぱんに姿を見せるようになった女子の話をしている。


 しれっと答えた青龍寺だが、彼自身が好き者なので自分を狙っている視線には気づいている。以前の彼なら好都合とすぐに付き合いを始めたが今は気分が乗らない。


「それにしても、篠宮の友だち ツレ はマジで引き立て役」


村山むらやまチャンのこと? やっぱりそうだよな。全然タイプ違うしな」


「やっぱ狙うなら篠宮っしょ」


「でもさ、村山チャン、格好はいまいちだけど、顔はまあまあなんだぜ。

 それに黒髪で清純ってカンジがするし」


「おまえ~、その黒髪イコール清純っていう信仰は捨てろよ~(笑い)」


 本人がいないところで品定めするのは男子も女子も変わらない。青龍寺は友人たちの会話を適当に流しながら、会話の中心になっている二人を思い返していた。


 篠宮は「女性」である要素を最大限に活用している。


 長くつやのある髪にはゆるいパーマをかけ、顔は目鼻を際立たせるハッキリとしたメイクをしている。背は少し高くモデルのように整った体形をしている。豊満な胸、細い腰、形のいいお尻、手入れの行き届いた美しい手足。しかも爪までも気をぬかずにきれいに整えていて、磨き上げた女性という言葉がピッタリと当てはまる。


 そんな篠宮を包む服は毎日変わり、ふんわりとした印象をもたせる淡い色を使ったフリル系から、ビビットカラーを使った体のラインを強調させる服など、多彩に変身する。彼女の魅力を引き立てるものをチョイスしていて服を選ぶ目は確かだ。


 篠宮が街を歩けばおおよその男性は、彼女を引き立てる服に目がとまり、美しい体に見惚れるだろう。篠宮は自分の体の特長を自覚していて、最大限に活用している。


 かたや村山はどうか。


 村山は篠宮と同じ学年で、篠宮の女友達の一人だ。二人は学部が一緒なので大学入学から行動を共にしている。


 村山を率直に表す単語は「平凡」または「地味」だろう。大勢の中にまぎれたら探すのは困難――そんな外見だ。近くにあでやかな篠宮がいるせいで、よけいにそう見えるのかもしれない。


 村山は、黒髪を後ろにゴムでまとめただけのヘアスタイル。顔はすっぴんにも見えるが一応ナチュラルメイクはしているようだ。160センチあるかないかの身長に、体のラインを隠すような服を着ているのでスタイルはぼやけている。肌は荒れていないが、とくにケアをしているわけでもなさそうで、爪にマニキュアは塗られていない。


 服装は大衆向けカジュアルを売りとしている服で、誰が着ても似合う妥当な服だから、おしゃれ感はまったくない。そしてスカートではなく、ジーンズまたはパンツ姿で服の色も目を引く派手なものは選ばず寒色系が多い。


 二人のようすを列挙すると対照的すぎて本当に友だちなのかと思うほど異なっていることがわかる。


 青龍寺の好みから言えば篠宮がタイプだ。女らしさがあふれた体は性欲をそそるし、ガツガツとしてる正直さは嫌いではない。普段の青龍寺だとすぐに手を出していただろう。


 それなのに今の青龍寺はようすがおかしい。篠宮がアプローチをかけていることを知っていても、それには乗らずあまり興味もわいてこない。篠宮よりも気にかかっていたのは村山のほうだった。


(服装が似ているな。あれくらいの身長だよな)


 青龍寺は村山を見れば無意識になにかと比較していた。


 色恋に興味が失せていた青龍寺だったが、ある日、村山のほうから告白してきた。

 彼女に対して特別な感情はもっていなかったが、嫌いでもなかったので、青龍寺は村山と付き合うことにした。


 衝撃を受けたのは青龍寺の周りにいた人たちだった。友人たちは彼の好みを知っている。絶対に篠宮と付き合うと思っていたのに、青龍寺の好みとはかけ離れた村山と交際が始まっている。表面では二人を祝福したが裏ではかなり驚いていた。



 青龍寺と村山の二人だけの付き合いが始まる。


「どこへ行きたい?」


 青龍寺は休みになると村山をデートに誘う。行きたい場所はないかと聞いて、リクエストがあればそこへ行き、買い物や食事をして過ごす。とくにないと言われれば、女性に人気のデートスポットをピックアップして連れていった。


 デート中、青龍寺は村山を観察する。ここではどんなリアクションが出るのか、これを見せたらどんな顔をするのか。まるで彼女の反応を見て試しているかのようだ。


 青龍寺の観察は買い物のときも怠らない。遠慮がちな村山は物をねだるようなことはなかったが、店先で彼女が見入っていた物があれば、コッソリと買ってプレゼントした。青龍寺はプレゼントを受け取って喜ぶ彼女の姿を見て、こんなふうに喜ぶのかと思う。


 食事をするときは村山が食べたことがない品を注文し、彼女の口へ運んで食べさせてあげる。彼女は恥ずかしそうに、だがうれしそうに笑うのを見て、こんな感じで笑うのかと思う。


 デートを重ねるごとに青龍寺と村山の距離はどんどん縮まっていく。


 青龍寺は夜景が美しく見える場所へ村山を誘い、十分にムードを高めてから初めてキスをした。周りにはデートを楽しんでいる人たちがほかにもいたので村山は恥じらう。青龍寺はそんな愛らしい姿を見て、こんなふうにしてくれるのだろうかと思う。



 一緒にいる時間が増えてキスをすることにも慣れてきたころ、青龍寺は村山を一泊の小旅行に誘った。


 旅先では風情ふぜいのある町並みを歩いて回る。商店街で小物を買い、おいしそうな食べ物があれば二人で分けて食べる。旅先は人の気持ちを解放させる魔法があるようで、村山が子どものようにはしゃいで喜ぶシーンもあった。青龍寺はその姿を見て、あのときみたいだなと思い、ほんわかとなる。


 宿泊したところは雰囲気のいい老舗の旅館だった。美しい庭があり、露天風呂もついてる豪華さだ。


 青龍寺は一人で露天風呂へ行き、湯につかりながらぼんやりと景色を眺める。木や石などがバランスよく配置され、うまい具合にライトアップしている。見上げれば夜空には星が見えている。幻想的な空間となっている場所で、これを見れば感動するのだろうかと思った。


 この夜、二人は初めてセックスをした。青龍寺はこれまで自分の快感のことしか考えておらず、ついでに女性も喜んでくれればいいくらいにしか思っていなかった。それがなにをすれば気持ちいいと感じるのか、どうすれば喜ぶのかと考えながら行為をしている。


 ふれてみて反応を確かめ、行為を変えてみて感触を観察する。甘い言葉をささやいたり方法を変えたりして試行錯誤を繰り返し一夜を過ごした。


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