華(4)
翌朝早くに、
「起きろ! 講義があるんじゃねーのか?」
「え……?
……ああ、そうか、海に行ったんだっけ……」
寝ぼけている柚莉の横で青龍寺がテキパキと帰り支度を整えて、すぐにホテルを出るとバイクに乗って大学へと向かった。
大学に着くと、青龍寺はわざわざ
「じゃ~な、柚莉、居眠りせずに講義ちゃんと受けろよ」
「わかってるよ。昨日はありがとう」
柚莉は青龍寺と神宮寺が不穏な雰囲気になっていることに気づかず、笑顔を見せてお礼を言った。それから柚莉と神宮寺は教室へ向かって歩き始めた。
青龍寺は後ろから二人のようすを見ている。そのうち神宮寺が柚莉の首すじにあったキスマークに気づいて、振り向いて青龍寺をにらんだ。青龍寺は優越感に満ちた顔で、ヒラヒラと手を振ってから大学を去っていった。
バイクで自分のマンションに戻った青龍寺はヘトヘトになっていた。結局、昨夜は一睡もできずにいて、映画を見たりチャンネルを変えたりして番組を流し見ていた。
その反動で眠気がピークに達していて、すぐにでもベッドに飛びこんで眠りたい。だが潮風を浴びたので、疲れた体にむちを打ってシャワーで洗い流す。
シャワーを浴びてサッパリしたらドライヤーで髪を乾かしたあと、ベッドに入ってすぐに爆睡した。
眠る青龍寺の身の内の奥で、怯えている白銀のキツネの姿がある。
なぜ白銀のキツネはこんなにも怯えているのか―― それは柚莉の通う大学に恐ろしい存在がいたからだ。
今朝、青龍寺が柚莉を大学へ送ったとき、彼のすぐ隣には神宮寺がいた。そしてもう一人、男がいた。だが青龍寺には見えていない存在だ。
少し時をさかのぼって、青龍寺が大学内で倒れたところへ戻ってみよう――
なにかを視た青龍寺は突然意識を失った……
青龍寺の身の内には、彼を『
「久しぶりだな、狐」
白銀のキツネは聞こえた声にビクリと反応して全身が総毛立つ。すぐに目を固く閉じて身を伏せ、頭のてっぺんを地につけてガタガタと震える。怯えきっていて返事もできない。
「おまえの『器』は迷惑なやつだな。
もう少しで私の正体がばれそうになった」
「も、申し訳ありません。どうかお許しください」
キツネは尾を股の間に入れており、歯もカチカチと音を鳴らして恐怖している。
「まあ、おまえは青龍寺の一族の呪いとして『器』に居座る役目につかせてから誠実に尽くしている。今回の『器』は元気がよすぎるだけか」
キツネは耳を伏せてブルブルと震えており、前に立つ男の姿を決して見ようとしない。
「おまえに免じてチャンスをやろう。
『器』に私の存在を認識させないようにしろ。
記憶を消すでもいいし、私を見えないよう小細工するでもいい。
存在することを認識させなければ、あとは好きに泳がせていい。
私は今の『私』が気に入っているんだ。邪魔すれば…… 二度目はない」
「ありがとうございますっ。すぐにとりかかりますっ」
燃えるような赤い目を細めてキツネを見たあと、男はゆっくりと白銀のキツネから離れていく。
「ああ、それから
去りぎわに言葉を付け加え、男は青龍寺の内にある閉ざされた空間から消えていった……
眠る青龍寺の身からフワリと現れた白銀のキツネは、ベッドで寝ている青龍寺の姿を見ながら焦る。
(環、頼むから柚莉というやつには近づかないでくれ。
あの方に「二度目」はない……)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます