華(3)

 海の近くにあるビジネスホテルのロビーまで来ても、柚莉ゆうりは往生際が悪くて帰りたがる。青龍寺しょうりゅうじはふてくされている柚莉をせきたてて部屋に入った。


「ホテル代払ったんだから、いいかげんに言うこと聞けよ。

 おら、早く服脱いでよこせ。

 オレがコインランドリーに出してくるから、おまえはシャワー浴びろっ」


「~~~!!」


 反論できない柚莉は子どものように頬を膨らませて、シャワールームへ向かう。中で服を脱ぐと、廊下に服を投げおいてシャワーを浴び始めた。


 青龍寺は「はあ……ガキかよ」とため息をつきながら、脱ぎ捨てた服を拾って部屋を出る。ホテル内にコインランドリーが併設されていたので、外へは行かずにすんだ。洗濯のセットが終わると、終了時間を確認して部屋へ戻った。


 鍵を開けて部屋に入ると中は薄暗いままだ。奥へ進むとシャワーから上がった柚莉がバスローブを着てベッドの上に座り窓を向いている。窓からは月華が入ってきていて、まだ濡れている髪の雫で光る。


 外の景色も月明かりでよく見えていて、柚莉は穏やかな目で眺めている。青龍寺に気がつくと、「海が見える」と言ってニコッと笑った。無邪気な姿を見て青龍寺の鼓動はなぜか早くなった。


 窓の外の景色に見入っている柚莉を青龍寺は言葉もなく見ていると、柚莉のおなかが「ぐ~~~」と鳴った。青龍寺はふぅとため息をついてから部屋の電気をつけ、テレビの電源を入れて適当に番組を映す。それからスマホを操作し始めた。


 しばらくして青龍寺のスマホに連絡が入り、彼は部屋から出ていった。すぐに戻ってきた青龍寺の手にはデリバリーで頼んだ食料があり、テーブルの上に広げていった。


「なにっ、なにっ。食べてもいいの?」


「ああ」


「ありがとう、たまき。おなかすいてたんだ」


 おいしそうに食べる柚莉の横で青龍寺はビールを飲み始め、くつろぎながらリモコンを操作して適当な映画にチャンネルを変える。それからピザを食べようと、青龍寺がテーブルへ手を伸ばすと柚莉の手が当たって驚く。


「手が冷たいじゃねーか。体冷えたままじゃないのか?」


「んー? 気にしないで」


「ビールとかチューハイ飲めよ。アルコールで体が温まるから」


「いいよ」


 素直に従わない柚莉に対して青龍寺はイラッとする。黙って立ち上がり、柚莉から見えない場所でホテルのグラスに柑橘系のチューハイをそそぐ。それを「炭酸ジュース飲めよ」と言って差し出した。


 柚莉は受け取るとのどが渇いていたようで一気に飲み干す。青龍寺はからになったグラスに、またこっそりとチューハイをそそぎ、彼の横に置いておいた。


 数十分後、ほろ酔いとなった柚莉がいた。青龍寺が彼の手をさわってみると温かくなっている。


(ったく。心配したぜ。

 あ? 男の手じゃねーか!)


 あわてて青龍寺は手を離すが、柚莉は気にせず椅子に座って映画を見ている。お酒で頬はピンク色になりリラックスしている。今なら聞き出せそうだと思い、青龍寺は質問してみた。


「柚莉、前にさ、ネコを飼っていたか?」


「ネコ? いや、飼ったことないよ」


「三毛猫だけど」


「三毛…… ああ、飼ったことはないけど世話をしたことはある。

 雪の日に怪我けがしてたの見つけてさ、治るまでコッソリ部屋で手当てした。

 三毛猫といえば、そのネコしか思い浮かばないな~」


(なるほどな。三毛の猫又はそのときのやつか。

 律儀に恩を返しているってわけか)


 青龍寺は柚莉の過去を垣間見れて、なんだかうれしくなった。ビールを飲みながら横目で彼を見ていると、ほのかにいい匂いがしてきた。


(いい匂いがする…… どこから?

 ああ、また柚莉からか)


 引き寄せられるように青龍寺は柚莉に近づいて背中の匂いを嗅ぐ。心地良い香りに誘われて、夢中になってあちこちの匂いを嗅ぎ始める。思わず後ろから抱き寄せて首元の香りを確かめようとした。


「環、映画見たい」


 柚莉の声がして青龍寺はわれに返って彼から離れた。心臓がバクバク鳴っていて落ち着かない。心音を悟られないように柚莉に背を向ける。


(オレ、なにしてんだ……)


 青龍寺は動揺を抑えようと気を散らせる。そこへコインランドリーのことを思い出して部屋を出た。


 ランドリールームをのぞくと、洗濯は終わっていたので取り出して乾燥機に入れる。コインを探してポケットをあさぐると、神宮寺じんぐうじから取り上げた煙草が出てきてコインも見つかった。


(なんか落ち着かねえ。コンビニへ行くか)


 コインを入れて乾燥をスタートさせると、青龍寺は近場のコンビニへ向かった。コンビニで追加のビールを買ってホテルに着くと、部屋へ戻る前に喫煙所へ入った。


(初めて吸う煙草だ。

 へえ、変わった味とニオイのする煙草だな。

 柊兎アイツ、こんなの吸ってやがるのか……)


 煙草を一本吸い終わるとランドリールームへ服を取りに行き、それから部屋に戻った。室内はライトが消されていたので、「今度は何だよ」と少しあきれ気味に言いながら奥へ進んでいくと、テレビにはホラー映画が映り、音量が大きく聞こえていた。


 柚莉を探すとベッドに移動していて、あごの下に枕を置いてテレビの方向を向き、うつぶせのような状態で眠っていた。


「はあ……マジか。おい、風邪ひくぞ、布団に入れ」


「んー!」


 ゆり動かすも嫌がって動かない。青龍寺はイラッとして強引に柚莉を転がした。すると「なに~?」と不服そうな声をして起きた。やっとで起きたかと思いきや、柚莉はベッドの上にぼんやり座ったまま動かない。


「あー! 早く布団に入れっ」


 腕をつかんでゆり動かすと、柚莉はつかんできた青龍寺の手をスンスンと嗅いで、急に満面の笑みをすると、スイッと手を伸ばして首に抱きついてきた。突然のことに青龍寺は動きが止まる。


 青龍寺に抱きついている柚莉の体は温かい。甘えるようにスリッと顔を寄せると、耳元で「柊兎しゅうと」とこぼした。


(シュウト? 柊兎アイツ

 ああ、煙草の残り香か。寝ぼけて柊兎と思ってやがるのか。

 チッ、また「柊兎」かよ……)


 青龍寺は柚莉がこんなにも愛情表現を見せる柊兎に、なぜだか怒りを感じる。そしてあることに気づいた。


神宮寺アイツ煙草の残り香 このコト  に気づいてやがるな。

 しかし…… なんで柊兎を知っているんだ?)


 青龍寺は柚莉の大学で神宮寺を見たときから、彼が柚莉に好意を寄せていることに気づいていた。そこでわざと柚莉と仲良くして見せたのだ。


 またそのときに、青龍寺は神宮寺が煙草を持っていることを不審に思った。なぜならカバンに煙草はあるが、彼自身からは煙草のニオイがしなかったからだ。


 それが今、寝ぼけた柚莉が残り香で柊兎と勘違いしていることを知り、神宮寺が煙草を持っていた意図を察する。神宮寺に対してイラつきながら抱きついている柚莉を見る。


(無防備すぎるぜ、大丈夫か……)


 胸の中で不安がよぎるが、まずは柚莉を布団へ入れることにする。抱きついているので都合がよく、布団を開けたあとに柚莉を引きはがしてベッドに転がす。


 寝ている姿を見て青龍寺は神宮寺へ対抗心がわいてニヤリと笑う。


神宮寺アイツにけん制しておくか。

 柚莉には気づきにくいところがいいな)


 柚莉の首すじを指先でふれてみる。くすぐったいのか柚莉は軽く反応する。だが起きるようすはない。青龍寺は覆いかぶさるように首すじへ近づき、口づけしてそのままキスマークをつけ始める。


 キツくしすぎたのか柚莉が体をピクリと動かして「ん…… う…ん」と声をもらした。その声でドクンと胸が鳴って、あわてて口を離した。


(やばい…… オレ、今……)


 鼓動は速くなっていて体が熱くなっている。柚莉に布団をかけたあと、青龍寺はベランダへ出る。冬の外気は冷たいが、頭と火照ほてる体を冷やすにはちょうどよかった。


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