華(2)

 目が覚めると青龍寺しょうりゅうじの横には柚莉ゆうりがいて本を見ている。起き上がると柚莉が声をかけてきた。


「よかった、突然倒れたからビックリしたよ」


「え?」


「覚えてないのか? 急に倒れたんだぞ。

 危うく顔面打ちそうになるところを、オレが助けたんだからな」


 青龍寺は神宮寺じんぐうじと話していたところまでは覚えているが、柚莉が戻ってきた記憶がない。頭にモヤがかかっているようで、なんだかスッキリしない。


「あ、ああ……悪い……」


「大丈夫か?」


 心配そうに見つめている柚莉だが、青龍寺自身は痛いところはないし、怪我けがもしていない。気分が悪いわけでもなく、少しぼんやりしている。それだけだった。


「あー……、大丈夫。それより講義はいいのか?」


「ん――。たまきが心配だからついてた」


「あ……」


「気にするなよ」


 柚莉はニコッと笑って本に目を戻した。青龍寺は迷惑をかけたことに申し訳ない気持ちになったが、柚莉がそばについていてくれたことがうれしくなった。


 青龍寺は目が覚めてもそばにいてくれる柚莉を見て、もう少し一緒にいたいという思いがわく。そうしたら自然と言葉が出ていた。


「なあ、このままサボれるか?」


「え?」


「天気いいからバイクでドライブ行かねーか?」


「……オレはいいけど、環は運転しても大丈夫なのか?」


「問題ない」




 青龍寺はバイクの後ろに柚莉を乗せて遠出し、海が近くにある公園へ連れていった。


 公園には高い木々が茂っていて散策路に日陰をつくっている。あたりに野鳥の声が聞こえていて、森の中にいるように錯覚させる。広い公園なので人はまばらで、平日の日中なのでさらに人は少ない。


 葉の隙間すきまから光がこぼれる道を、柚莉が目をキラキラさせて歩いていく。足取りは軽くスキップしているようにも見えてご機嫌だ。


「あ! 池にカイツブリがいる! カモもいる!

 あーあ、カメラがあればな~」


 柚莉はキョロキョロと落ち着きなく景色に目を移していると、すれ違いざまにリードをつけた散歩中の犬が彼に飛びついた。小柄な柚莉はそのまま吹っ飛び地面に転がる。犬はうれしそうに彼に駆け寄り、しっぽをちぎれんばかりに振って顔をなめ回す。


 飼い主があわてて犬を引き戻したが、手遅れで柚莉は犬のよだれでベタベタになっていた。「お嬢さん、ごめんなさい!」と謝られる柚莉を見て、青龍寺は思わず吹き出す。飼い主が柚莉を気にしている犬を引きつつ、何度も謝りながら去っていったあとに、和んだ青龍寺が話しかける。


「油断してるから飛びつかれるんだよ。そんなにはしゃいで……

 ここへ来たことないのか?」


「初めて。っていうか、オレ、あまり遠くへは行かないんだ」


「なんで?」


「人が多いところが苦手で」


 青龍寺は柚莉の引き寄せやすい体質のことを思い出して話題を変える。


「そういや、兄貴から聞いたけどバイトしてるんだって?」


「うん。でももう辞めるよ」


「バイトはなにしてるんだ?」


「プログラミングだよ」


「は?」


「プログラマーになるから、試しにバイトしてみたんだ」


「意外だな」


「だってプログラマーだと家でもできるだろ」


「…………」


「環はなにになるのか決めているの?」


「オレか? オレは……テキトー。好きにするさ」


「ふうん。まあ好きなことするのが一番だよ。

 でも環は青龍寺さんの手伝いとかしていそう」


「なんで?」


「面倒見がいいだろ。文句言いながら手伝ってるイメージがある(笑い)」


「オレが面倒見がいい?」


清正せいしょうさんとオレの部屋に結界を張ってくれたとき、なんだかんだで手伝ってくれてたじゃないか。

 しかも部屋の片づけまでしてくれて……。環ってやさしいところあるよな」


「あれは! おまえの部屋が汚かったからだよっ。

 それに、青龍寺 ウ チ の手伝いはこき使われるから嫌だね」


 笑顔で青龍寺を見ている柚莉に、なんだか決まりが悪くなったので気をそらせる。


「ここって、海も近いんだぜ」


「えっ! 行きたいっ」


 青龍寺が案内し、海が見えるところまで来ると柚莉は駆けていった。海辺は冬の冷たい風が吹いていて青龍寺にはつらいが、柚莉はおかまいなしだ。砂浜を歩いて砂の感触を確かめたり、波打ち際で波と遊んだりと全然飽きないようだった。


 陽がだいぶ傾いて空が赤くなり、逢魔時おうまがときが近づくと空気が変わり始める。境界がゆらぎやすい時間帯だ。


 気配を感じて青龍寺が柚莉のほうを視ると、彼の近くにいつぞやの猫又の姿がある。猫又は警戒するように青龍寺を見ていたが、黒いモノが飛んできたのが目に入り、すぐさま飛びかかってくだいた。


(逢魔時はアヤカシが出やすい。先読みしてたのか。

 猫又アイツ…… やっぱり柚莉を守っている。

 アヤカシが人を守るなんてそうそうない。

 なにか縁があるのか?)


 周囲に黒いモノや力の弱いアヤカシが寄ってきていることに柚莉は気づいておらず、猫又が怪しげなモノたちから彼をガードし続けていた。


 日が沈んだあとも、月明かりを頼りに柚莉は夜の海を楽しんでいる。すでに飽きていた青龍寺は、離れたところでスマホをいじっていたが、柚莉がコートを脱いで砂浜に投げ、海の中へ入ったのを見て驚いて声を上げた。


「おいっ! 戻れ、柚莉!」


「なんでー? 海なんて久しぶりだから楽しみたい」


「バカかっ! 風邪ひくぞ!」


「……はーい」


 不服そうな顔で青龍寺のところにやって来た柚莉は、ジーンズがびしょ濡れになっていた。


「びしょ濡れじゃねーか。乾かさねーと風邪ひくぞ」


「大丈夫だよ」


「大丈夫じゃねーよ。潮水はすぐに洗い流さねーと、かゆくなるし、冬のバイクで濡れたまま帰ったら確実に風邪ひくわっ!」


「大丈夫、大丈夫」


 あっけらかんと笑っている柚莉の横で青龍寺はため息をつく。少し考えて柚莉に提案した。


「ホテル行くぞ。

 服はコインランドリーに出して、おまえはシャワー浴びて潮水流せ」


「いいよ、このままで。さっ、帰ろう?」


 柚莉の意見は無視して、青龍寺は公園から一番近いビジネスホテルを予約した。海辺から駐車場へ戻り、すぐさまバイクでホテルへと向かった。


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