第12話 華「百花:愛らしく妖しく」

華(1)

 大学の昼休みは多くの学生たちの声でにぎわっている。サークルやバイトなど学生らしいたわいない話に花が咲き、早くも忘年会というワードもちらほら聞こえていて、学生生活を謳歌しているようすだ。


柚莉ゆうり、前に話した本を持ってきたよ」


「本?」


「日本の山を紹介しているやつ」


「あ! 見せてっ」


「どうぞ」


 建物の出入り口付近で本を受け取った柚莉は、ページをめくり始めて山々の写真に見入る。そこへ建物から出てきた学生が柚莉と一緒にいた男を見ると、パタパタと軽い足取りでやって来て話しかけてきた。


「なあ、神宮寺じんぐうじ、忘年会するんだけど来ないか?」


「ぜひ参加してよ~、みんな喜ぶから~」


 話しかけてきた男子は、神宮寺が忘年会に来るとなると、参加する女子が増えるからという魂胆がある。隣にいる女子は、彼にアプローチするチャンスとばかりに口添えする。


 神宮寺は「え……と」と迷い気味な態度を見せて柚莉をチラリと見る。視線に気づいた男子が「サークル内のメンバーで予定しているんだ」と付け加えると、少し間をおいてから神宮寺は「ごめん、また誘って」と断った。


 「そっか~、また今度な」と笑顔で二人は去っていった。十分に離れたところにくると愚痴がこぼれている。


「ちぇっ、神宮寺、不参加か」


「神宮寺くんてさ、蓮華れんげくんとよく一緒にいるよね。

 学部違うのに珍しくない?」


 男女の会話が通りすがりに耳に入り、「ふうん」とやや不満げな声をこぼして、柚莉と神宮寺がいるほうへ歩いていく男がいる。


 柚莉が本に夢中になり、階段に座りこんで本格的に本を見始めると、神宮寺は隣に座って話しかける。二人の距離は近くて仲がいいことがわかる。


(あの男、柚莉のことを名前で呼んでやがる。

 柚莉も名前呼びか。

 男のあの目―― チッ)


 少し離れた場所からようすをうかがっていたが、スタスタと二人がいるところに近づいていって声をかけた。


「よお、柚莉」


たまき!? どうしたんだ? こんな大学トコへ」


 柚莉が驚いたのは当然だ。青龍寺しょうりゅうじはこの大学の学生ではないからだ。


 青龍寺は先日、青龍寺 ウ チ へ帰ったときに柚莉の話題が出たので、ようすを見ようと柚莉が通う大学へやって来たのだ。驚いている柚莉に親しげに話をする。


「『蒼龍そうりゅう』だよ。近くで用事があったからついでに寄ってみた。

 見せてくれるか?」


「青龍寺さんに頼まれたんだ? どうぞ」


 柚莉は疑うこともせず手を差し出した。青龍寺はわざと柚莉のそばへいき、手首にある数珠を見るフリをして神宮寺のようすをうかがう。神宮寺は親しそうにしている青龍寺を不審そうな目で見ながら問いかける。


「なあ……柚莉、その人は? うちの大学の人じゃないよな?」


「そっか、紹介まだだね。この人は青龍寺さん。

 環、こっちはオレの友人の神宮寺」


「よろしく、神宮寺くん」


「こちらこそ……」


 青龍寺は愛想笑いを浮かべてあいさつし、数珠の確認が終わったフリをして柚莉の手を離した。それから笑顔を見せて柚莉に頼みごとをする。


「柚莉、悪いけど飲み物買ってきてくれるか?」


「えー? すぐそこに自販機あるじゃん。自分で好きな物を買ってきなよ」


「オレ、スポーツドリンクがいい。な、柚莉の分もおごるからさ」


「仕方がないなー。じゃあ、立助りゅうすけの分もおごれよ」


「オレの分はいいよ」


「いいのか? せっかくだからおごってもらったら?」


「いや、いい」


「わかった。じゃあ、行ってくる」


 青龍寺は柚莉が離れたのを確認してから、神宮寺に向き直ってニイッと笑ってから話しかける。


「神宮寺クン、煙草持ってんね?」


「え?」


「オレ、鼻が利くんだわ。カバンから煙草のニオイがする。

 ソレさあ、地域限定で売られてるやつだよな?

 煙草吸わないのになんで持ってんの?」


 嫌みな笑みを浮かべている青龍寺に、神宮寺が答えられずにいると、青龍寺は彼のカバンのポケットに手を伸ばして中から煙草の箱を取り出した。


 煙草は青龍寺の言うとおり、一般に見かけるような銘柄ではなく、見たことがないパッケージだ。派手な色づかいで、メインカラーにライトグリーンとピンクを使っていてウサギの絵が描かれている。この煙草は、前に青龍寺が柚莉の部屋で見つけたものと同じだった。


 青龍寺は神宮寺の返答を待つが、彼は後ろめたい表情をして黙ったままでいる。すると後方から柚莉の声が聞こえてきたので、とっさに手に持っていた煙草を服のポケットにしまう。そして素知らぬ顔で柚莉の声がしたほうを向くと、ギョッとして蒼白になる。


 柚莉の隣に立つ男―― その人物が異様だったのだ。見た目は好青年に見えるが、青龍寺の目には違う姿が視える。


 身からわき出している禍々しい空気。かすかに感じるよどんだ風は、ふれると腐敗しそうな恐ろしさがある。さわやかな顔のつくりをしているが、赤い目には非情さをたたえ、笑みは冷酷さがにじみ出ている。


 青龍寺は悪寒が走り、本能的に「コイツが『鬼』だ!!」とわかって、隣に立つ柚莉に向かって「柚莉! 離れろ!」と言った――


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