鬼ごっこ(3)

 たまきは父親の部屋にある棚に目を通したあと、屋敷中の棚にある書物にも目を通していった。ところが役に立ちそうな史料は見つからなかった。


 最後の棚を探したが期待外れに終わった環は肩を落とす。ため息をもらして、清正せいしょうに声をかけて帰ろうと廊下を歩いていた矢先に、玄関の曇りガラス越しで、ガッチリとした体格の大男が映っているのに気づいた。


 環はシルエットを見ると、ギクリとしてすばやく廊下をUターンして身を隠そうとしたが、ドアはガラッと勢いよく開かれた。


 ドアを開けた人物は、目ざとく環を見つけて「コラァ! 環、逃げるんじゃねえ!!」と怒鳴る。呼ばれた環はその場で硬直した。


 環がビビるこの人物、190センチほどの大男で、「職業は要人警護ですか?」と聞きたくなる見た目だ。短髪でいかつい顔をしているから、子どもが見るとたぶん逃げる。


「トラさん、いらっしゃい。どうぞ上がってください」


 玄関から響いてきた大声を聞いて、清正は声をかけながら廊下に出てきて玄関へと向かう。環は清正の後ろに隠れるようなかたちでコッソリと話しかける。


「(コソッと)なんでトラが青龍寺 ウ チ にいるんだよっ」


「父さんに用があるって」


「(コソッと)トラが来るなら先に教えろよっ」


「教えると環は青龍寺 ウ チ に来ないだろ?」


「当然だ!!」


 つい大声を出した環を見て、トラはニヤッと笑いながら話しかける。


「なんだ、環、オレが来てうれしいのか?」


「よ、よお、トラさん。いらっしゃい……」


「環、飯と酒、もちろん付き合うよな? ん?」


「あ、ああ、もちろん……」


 苦笑いしながら環もトラを迎えた。トラは慣れたようすで屋敷に上がり、案内も待たずにドカドカと居間へ行く。


 座布団に座るとリモコンを取ってテレビをつける。それから菓子器のふたを勝手に開けて、入っていた煎餅せんべいを取り出して食べ始めた。


「環、茶ぁ」


「お、おう」


 「トラ」と呼ばれるこの男は、父・清宝せいほうの友人で、清正や環とも顔なじみである。


 幼い兄弟に護身もかねて体術を指導していたのは主に彼だ。青龍寺しょうりゅうじ家に引き取られたばかりの環はとがっていて、何度もトラに歯向かっていった。だがそのたびにコテンパンにやられたので、いまだに身がまえてしまう。


 逃げ遅れた環は、仕方なく夕食の準備をしている清正を手伝う。用意ができるころに父親の清宝が帰ってきて、四人での食事が始まった。


「みそ汁は環だろ。ちょっと濃いぞ」


「あー……、今度から気をつけるよ」


「うむ」


 誰が家の主がわからないほど溶けこんだトラとタジタジの環。父親はなかなか見ることができない光景を穏やかな顔で見ながら環に質問してきた。


「環、今日はどうした?」


「親父に聞きたいことがあってさ。トラさんも聞いてくれ。

 最近『鬼』が出たって噂があるけど、なんか知ってる?」


「『鬼』? アヤカシのことかい?」


「いや、そいつらじゃなくて異質な鬼らしい」


「なんだ、『異質』って? あいまいすぎてわからんな」


「人だけじゃなく、アヤカシにも害を与える鬼がいるらしいぜ?」


「ふーむ? 聞いたことがないな。

 アヤカシから受けた『障り』とは違うのかい?」


「障りではないらしい。

 街中まちなかで見かけるアヤカシのようすが変なんだよ。落ち着きがねーっていうか、怯えてるっていうか……。

 そうだ、トラさんは繁華街とか詳しいよな。変わりねーの?」


「変わり? そうだな……血しぶきを飛ばす派手な喧嘩があったぞ。

 あとは刃物をチラつかせた若造がいて、警察沙汰になりそうなものもあったな。あとは――」


「ごめん、もういいや……」


 ため息をついて環は食事の続きをする。トラは少し黙って環を見ていたが口を開いた。


「都市伝説はあるぞ? 人やアヤカシをたぶらかすやつがいるって。

 まあ、真偽は知らんけどな」


「へえ?」


 環は糸口となりそうな情報が手に入ってキラッと目が光る。父親と清正は黙ってトラを見ていた。


 食事が終わると、父親とトラは二人だけで話をするために席を立った。移動する前にトラが思い出したように環に聞く。


「そういや、環、喧嘩に惨敗したんだってな?」


「ゲッ、親父に聞いたのかよっ」


「おまえ~、オレが教えたのに負けたのか? 鍛え直しだな」


「情けをかけたんだよ。

 ちゃんと自分で鍛えてっから大丈夫! じゃあな!」


 トラに捕まる前に環は玄関へ行き、あわてて靴を履いたら屋敷を出ていった。


 環がいなくなったことを確認してから父親が困った顔をして問う。


「トラ、なんで環が興味をもちそうなことを言ったんだ?

 あのコの性格だと調べ始める」


か。親ばかだな。

 もう環を子ども扱いするなよ。あいつも自分で考えるし選ぶだろ」


 指摘された父親は、大人になった環をまだ幼い子どものように見ていたことに気づいて「確かに」と言って笑った。二人は話しながら奥の部屋に消えていった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る