鬼ごっこ(2)

 青龍寺しょうりゅうじ家―― 兄の清正せいしょうと一緒に、ホコリが積もる蔵の中をあさっているたまきの姿がある。


 「青龍寺」は寺として長く存続していて、蔵の中には一族が残してきた書物も多数ある。環は日の目を見なくなった書物の中に、特別な「鬼」に関する史料があるかもしれないと考えて、蔵の中を探してみることにしたのだ。


「兄貴、なんか見つかった?」


「いいや。

 それよりも昼間にいきなりやって来て、大学は大丈夫なのか?」


「単位のことか? 卒業に必要な分は取り終わってるよ。

 なあ、『鬼』の史料はねーのかよ?」


「いつもの『鬼』じゃない『鬼』だろ?

 そんなの聞いたことないよ」


 兄弟で蔵に押しこめられている山積みの史料をかき分けて、数時間探しているけど、環が求めている「鬼」の手がかりは見つからない。


 陽が傾き始めてあたりが暗くなりだすと、いよいよ蔵の中は物が見えなくなった。環は諦めることにし、蔵を閉じて兄弟は屋敷へ向かった。


 玄関先で体中についたホコリを落としてから二人は家へ上がる。その際に清正は質問してきた。


「環は大学を卒業したらどうするんだ?」


「いきなり、なに?」


「三月には卒業だろ? 進路はどうするのかなって気になってね」


「……バイトでもしながら適当に暮らすよ」


 環は清正の質問に答えながらも胸の内では未来を諦めている。


(オレは『うつわ』だから長生きはできねえ……

 なら、好きなことだけして楽しむさ)


「バイトかあ。じゃあ青龍寺 ウ チ で働けよ」


「兄貴、安月給でオレをこき使う気だろ」


「ふふふ。 環がいると助かるからな」


青龍寺 ウ チ は『はらえ』もできる霊力チカラの強い兄貴がいるから、オレがいなくても問題ないだろう」


「そうかなあ?」


「 ?? 」


 意味深な言葉が少し引っかかって真意を聞こうとしたが、先に清正に質問された。


「あれ? 環、彼女ができたのか?」


「…………(なんでいつもわかるんだよ)」


「珍しく彼女がいない期間があったな?」


 環は兄弟で色恋の話をするのは苦手なので話題をそらす。


「オレのことはもういいだろ。

 青龍寺 ウ チ にくる『祓』の依頼は多い?」


「ボチボチあるなあ」


「それって妖怪系のアヤカシ?」


「いいや、ほとんどが恨みなどを残している霊体。うーん……生霊が増えたかな。

 あとはアヤカシというよりは『念』の塊だな」


「変わったやつとかいないの?」


「いつものばかりだよ」


「そっか」


 青龍寺家は『祓』もしているので、環は『祓』の中から糸口になる事例はないかと少し期待していた。だがそれも空振りとなったようだ。


 霊体などを祓う話題が出たことで、環はふと柚莉ゆうりの引き寄せやすい体質を思い出して清正に聞いてみた。


「そういや、柚莉は最近どんなようすなんだ?」


「変わりなく元気だよ。定期的に『蒼龍そうりゅう』のチカラを戻している。

 あとバイトしてるって言っていた」


「へえ?」


「そうだ、父さんの部屋の棚も見てみたら?」


 清正は柚莉の話題が出たときに、環の目が生き生きしたのを見逃みのがさなかった。また柚莉にちょっかいを出すかもしれないと心配して話題をそらした。




 環が史料探しをしている間に青龍寺家のことを軽く紹介しておこう。青龍寺一族のことは先に紹介したので、ここではすっ飛ばす。ここでいう青龍寺は環の「家族」のことを指す。


 青龍寺は主に『祓』や呪術を担当している。よくある依頼が「幽霊にとりかれたので祓ってください」や「呪術を使って地位を得たい」など、憑かれたから祓う系と、呪術を使ってなにかしらを得る系がほとんどだ。直接青龍寺に依頼がくるのはまれで、別の青龍寺に依頼が届く。


 「別の青龍寺」とは、環たちが住む屋敷から近いところにある青龍寺一族のひとつだ。この「青龍寺」では一般的な寺と同じように機能している。葬儀を行ったり、お墓参りに来る檀家さんがいたり、今だと御朱印を求めてやって来る参拝者の姿も見かけるごく普通の寺だ。


 父親の清宝せいほうは自宅からその寺へ通い、寺にいる僧たちと同じように職務をこなしている。


 この表向き用の青龍寺が窓口の役目をしていて、『祓』や『呪術』などの依頼はここへ舞いこんでくる。そして転送されるようなかたちで青龍寺家へ依頼がいくのだ。


 青龍寺に任された依頼事はいつも秘密裏で進行していく。清宝が自分たちの住む青龍寺の屋敷へ持ち帰って、本業しごととして取りかかる。特殊な依頼なので霊力チカラの強い清宝や清正、環たち「青龍寺」が責任をもって解決していく。


 青龍寺一族は霊力チカラの強い異能者が多くいて、その手の世界では有名だ。そのため依頼も全国から入ってくるため、うまくさばいていかないと滞ってしまう。


 そこで一族は担当する地域を区分けして、依頼を受け持つようにしている。環たち青龍寺に舞いこむ依頼は関東圏内が基本だ。


 青龍寺家が本業しごとを行うときは、霊力チカラが最も効果的に使える屋敷内で行う。ここで読者に特殊仕様の施設を期待させたのなら謝るが、普通の寺とそう変わらないつくりだ。


 青龍寺の敷地は塀と高い木に囲まれていて、外からは見ることができないようにしている。敷地内には中心に本堂があり、僧侶たちが修練や宿舎として使う大きめの建物が、本堂を囲むようにして左右に1棟ずつ立つ。


 本堂の裏手にあたるところが居宅エリアとなっていて、屋敷には清宝や清正が住んでいる。環も以前はここに住んでいたが、現在は家を出て一人暮らしをしている。


 敷地内にはほかに物入れとして使っている蔵があり、境内の広いスペースは、時と場合によって駐車場へと転用される。


 言葉に出すなら青龍寺家は「地味」な場所で、用がなければ寺の前を素通りするだろう。害のなさげな青龍寺の敷地だが、環の家族以外の青龍寺一族はこの敷地へ入るのを忌み嫌う。


 なぜなら数々の禍々しいモノを祓ってきた穢れたところで、不思議な呪術を繰り広げる畏怖の場所にしか映らないからだ。


 そんな恐ろしげなところで環の家族が平然と過ごせているのは、一族の中でもかなりの霊力チカラをもっているからだ。


 また日ごろから敷地内を浄化して清浄さを保っている。敷地一帯は結界を張って邪気を退けながら、おのれ霊力チカラを高めて備えておくなど万全の準備をしている。


 青龍寺の敷地の中で細心の注意を払っているのが本堂だ。ここで『祓』や『呪術』が行われるため、幾重いくえにも呪術による安全策を施して準備を整えており、いつ依頼が入ってきても対応できるようになっている。


 こんな家で育ったものだから、環はほかの青龍寺一族と比べて知識も経験も豊富だ。


 それに総本家では幼いころから『祓』をやらされていたし、総本家からこの家へ引き取られたあとも、青龍寺家の本業しごとを間近で視てきた。


 『祓』に慣れている環は、父親や兄が受けた『祓』の手伝いをすることもあった。だが現在は家を出ているから、青龍寺家で行われる『祓』や『呪術』の本業しごととはご無沙汰だ。



 さて話を戻そう。アヤカシと深い縁のある青龍寺なので、「鬼」に関する史料があるのではと期待して探しにきた環だが、ここでも徒労に終わりそうだ……


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