第11話 鬼ごっこ「深淵を……」

鬼ごっこ(1)

 電車の中、ワイヤレスイヤホンで音楽を聞いているふりをして、青龍寺しょうりゅうじは車内をひそかに物色している。別に犯罪を企んでいるわけではなく、アヤカシかれた人がいないか探しているのだ。


 誤解がないよう解説するが、アヤカシに憑かれて危ない目に遭いそうな人を、陰ながら助けようとしているヒーローではない。この男はアヤカシの水墨画をコレクションしていて、好みのアヤカシがどこかにいないかと、自分の趣味のために行動しているだけだ。


 青龍寺は電車を使ってアヤカシを探す以外に、バイクで街中まちなかを走って探すこともしているが、冬だと風が冷たいので暖房の利いた電車を利用することが多い。


 これまで街中まちなかを観察してきているが、目に映るアヤカシたちのようすが以前とは違うことに青龍寺は気づいている。


アヤカシのやつら、なんか落ち着きがねーなあ。

 余裕がないというか、怯えているというか……

 なにかあるのか?)


 青龍寺は異変には気づきながらも、好みではないアヤカシには興味がわかない。それよりもコレクションに加えたくなるようなアヤカシがどこかにいないかと探していた。ところが今回も空振りみたいだ。


 電車内には青龍寺のお気に召すアヤカシはいなかったようで、残念そうな表情をして車両を降りて、改札を通り抜けて大学へと向かった。



 大学4年の青龍寺は、卒業に必要な単位は取り終わっている。それなのに彼が大学へ通うのは退屈しのぎと情報収集ができるからにすぎなかった。


 キャンパスを移動していると青龍寺の姿を見つけた友人たちが、すぐに声をかけてやって来て談笑が始まった。話していると講義室へ向かっている学生が目にとまって興味をもった。


 青龍寺が関心をもったその学生の肩には黒いモノが憑いている。アヤカシなどはあちこちに存在しているので、青龍寺にとっては珍しい光景ではない。


 それなのに気になった理由は、学生に憑いているモノのようすが変だったからだ。


(おかしいな。

 形状のあるアヤカシだと意思や感情はあったりする。

 だが黒いモノは個性をなくして『念』だけのはずだ。

 嫉妬や怒り、恨みなどがまとまった黒い塊。恐怖という感情はないはず。

 でもアレは怯えてるみてーだ)


 学生の肩にしがみつくように憑く黒いモノは、落ち着きなくユラユラとうごめく。食事をしている草食動物が、肉食動物を警戒しているような感じだ。


 青龍寺は友人たちと会話を続けながら目で追う。黒いモノは周囲の警戒を続けていたが、ビクッとなにかに反応し、すぐさま憑いていた学生の身の内に入っていった。


 青龍寺は黒いモノが急に隠れたので、なにかを視たのかと思い、目だけで周囲をうかがう。


 すると地面がゆれ始めて、キャンパスにいる学生たちが「地震だ!」と口々に声を上げた。ゆれはしばらくして収まったが、久しぶりに大きめの地震だった。


 キャンパスにいた学生たちは地震に驚き、あちらこちらで動揺した声が聞こえている。青龍寺は友人の話に合わせつつ、黒いモノが憑いた学生のようすを視ていたが、地震があって以降、黒いモノが現れる気配はなかった。


(あの黒いモノは地震を予知して怯えていたのか?

 それとも……)


 あたりを異常に警戒していた黒いモノを視たことがきっかけとなり、青龍寺は最近のアヤカシたちのようすに関心をもち始める。これまではコレクションの対象外として興味をもたなかったアヤカシに対しても注意深く観察するようになった。




 ところで―― 青龍寺がコレクションとして集めているアヤカシは、以前登場した化け狐や猫又など形状のあるものだ。ここでは大ざっぱに『アヤカシ』でまとめているが、アヤカシにもさまざまなタイプがある。


 区別の基準を言葉が通じる・通じないで分けるとすれば、たいていのアヤカシは意思疎通ができない。意思疎通ができる、つまり言葉が通じるアヤカシは、長い間人の近くにいて人語を覚えた賢い個体、または妖力が強くて、テレパシーのように意思を伝えられる個体などだ。


 ちなみに人、つまり幽霊系は亡くなって肉体を離れたのに成仏できず、魂だけが現世に残った個体だ。


 生前会話ができていたので霊体は話せるものが多い。だが霊体も長い年月が経てば言葉を忘れるのか、それとも一つの思いに固執するからなのか、意思疎通ができなくなっていることが多い。


 言葉を失い、一つのことに固執するようになった幽霊は、時を経るごとに人らしさがなくなり、アヤカシと化していくこともある。最終的には形状が保てなくなり、念だけが残った黒い塊へと変わるようだ。



 話を戻すが、青龍寺は霊力チカラがあるので、常人には見えないモノを視たり聞こえないはずの声を聴いたりできる。


 そのため意思疎通ができるアヤカシを捕らえれば質問することは可能だ。そこで彼は話せるアヤカシを探し出して質問してみた。


「大将、もう逃げらんねーから、諦めて教えてくれよ。

 おまえら、最近なにに怯えてんの?」


「ワシは知らぬ」


「おいおい~、しらばっくれるなよ。なにかに怯えてるじゃねーか。

 なあ、いいじゃねえか。教えろよ。

 おまえらは同類のこと気にしねーじゃん」


「知らぬものは知らぬわ」


「仕方ねーな。切り刻んでいくか」



 シュウウウウゥゥ――……



「マジか……。自分から消えるのかよ」



 せっかく話ができるアヤカシを見つけても、アヤカシの世界にもルールがあるのか、捕らえたアヤカシは青龍寺が知りたいことには答えてくれない。脅しをかける手段にも出てみたが、答えないまま自ら消滅を選んだアヤカシもいた。


(なぜアヤカシたちは脅かしている対象を話さないんだ?

 隠されると、よけいに興味がわくぜ)


 アヤカシたちが守っている秘密―― 青龍寺は知りたくてしょうがない。そこで自分の身の内にひそむ白銀のキツネにも質問した。


『なあ、キツネ。

 アヤカシはなにに怯えてるんだ? そいつの正体はなんだ?

 アヤカシ同士は話せるだろ、なんか聞いてねーか?』


『…………』


『おい、聞いてんだろ?』


『…………』


『チッ、おまえもだんまりかよ』


 青龍寺は白銀のキツネがなにかを知っているとわかっても、聞き出すことができずにいてイライラする。ほかに秘密を探る方法がないので、仕方なくアヤカシの観察を続ける。


(妖力の強いアヤカシから雑魚まで……

 一体なにに怯えてやがる。

 天災などの自然か? それとも脅威となる存在がいるのか?)


 情報が少なくてやきもきしていると、青龍寺はふと弥勒院みろくいんの話を思い出す。以前、弥勒院の友人の弟が心霊スポットに行ったことで、ようすがおかしくなった友人を青龍寺が助け、その代償として居酒屋で聞いたときの話のことだ。


(そういや、けいが「鬼が現れた」と言ってたな……)



 普通は「鬼」と言うと、天災や悪霊なども含めて「人に害をなすもの」のことを意味する。

 でも今回のはではなく、人にもアヤカシにも害をなす鬼。ソイツは気ままに行動して、性格は冷酷無情。

 アヤカシを操って気分次第で人の世を乱すこともあれば、気に入らないアヤカシがいれば消し去る。

 残忍で強大なチカラをもつこの鬼が現れると、アヤカシたちが怯えて、狂暴化したり暴走したりして世が乱れる――



(桂のことだから嘘ではないが、話はっているかもなあ。

 くそっ、モヤモヤするぜ)


 アヤカシを観察したり捕らえて質問をするやり方では、進展がないと判断した青龍寺は別の方法に切り替える。思い立ったが吉日とばかりに青龍寺 ウ チ へと向かった。


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