妖の夜宴(3)

「いらっしゃ…… え! なんでたまきもいるの!?」


 清正せいしょうと環が蓮華れんげ兄弟のマンションを訪れると、ドアを開けた柚莉ゆうりは、開口一番に警戒の声を上げて環をにらんだ。完全にいぶかしがっていて、今にも戦闘態勢に入りそうだ。


 すぐに清正が二人の間に入り、「もしものときの代理ができるように、オレが頼んだんだよ」と説明をすると、柚莉はしぶしぶと環の介入を了承して二人を部屋に上げた。


 室内に入ると清正はカバンから道具を取り出していき、結界を張る作業に取りかかる。環や柚莉は清正の指示に従って手伝っていく。順調に進むなか、柚莉は環とは常に2メートルほどの距離をおいている。


(やれやれ。

 弟を怪我けがさせたこと、よっぽど根にもってんな)


 環は横目で柚莉のようすを見ながら作業をしていると、ふと室内に柚莉の弟・柊兎しゅうとの姿がずっと見えないことに気がつく。


「なあ、シュウはどうしたんだ?」


 環が柚莉に聞くと、あからさまに暗い表情になり黙ってしまった。そこへ清正が環のところへ行き、苦笑いしながら小さな声で説明した。


「環、それ禁句。柊兎くん、夏休みが終わったから実家に帰ったんだって」


「なんだそれ。ンなことで落ちこんでんのかよ。ガキみてーだな」


「ん? 柚莉、おまえが着てんの、シュウの服だろ。

 サイズ合ってなくてダブダブじゃねーか、なんでそんなの着てんだよ」


「いいじゃんかっ」


 柊兎の話題が出てきて、寂しくなった柚莉は機嫌を損ねている。環はそんな姿を見て、前に自分に容赦なく殴りかかってきた人物と、本当に同一人物なのかと不思議に思う。


 三人は話しながらも準備を進めていく。結界を張る前にまずは部屋を浄化することから始めていくが、邪気を祓う効能をもつお香を一気に焚いて、部屋中に充満させて場を清めなければならない。


 その間は部屋中に煙が広がるので、火災報知器が鳴らないように注意する必要がある。三人で部屋のあちこちに香炉を設置して、短時間で清められるように準備を整えていく。


 また浄化の間はけむくて部屋にはいられないので、ベランダで待機する用意も並行していく。環は休憩中の飲み物を用意するため、棚にあったカップを手に取ってから柚莉に聞いた。


「なあ、このカップ使ってもいいか?」


「それはダメ!」


 環が手にしているカップを見ると、あわてて柚莉が駆け寄ってきてカップを奪い取る。そして棚から別のカップを取り出して渡した。


「どれ使っても一緒じゃねーのか?」


「これはダメ! 柊兎が選んでくれたんだ」


 よく見ると色違いのペアの食器セットがある。ほかはそろっていなくて、モノトーンの味気ないものだが、ペアのものだけは色彩があって、無機質な中に彩りを与えている。


「なんだおまえ、女子みてーだな」


 環は嘲笑したが、柚莉は気にするようすもなく、穏やかな顔をして棚にあるペアの食器を見ている。清正は、環が悪ノリしそうな感じがしてきたので二人の間に入る。


「柚莉くんは本当に柊兎くんのことが好きだよね」


「うん、大事な弟だよ。大好き。清正さんもでしょ?」


「え? ああ…… 環は……大事ではあるけど大好きでは……」


「兄貴、そこは即答しろよ」


 清正のうまいやり取りに場が和んで、滞りなく作業は進んでいく。お香を焚き始めて部屋の浄化をしている間、三人はベランダで過ごした。


 浄化が終わると閉め切っていた窓を開けて換気を始めた。


「環、柚莉くん、香の片づけを頼むよ」


「ああ」「はーい」


 清正は二人に香の片づけを任せると、四方への結界張りに取りかかる。環は清正が一つの呪術ではなく、組み合わせて特殊な結界を形成していくようすを片づけをしながら見ていた。結界を張り終えると、清正は柚莉に声をかけた。


「柚莉くん、こっちへ」


 柚莉は清正に呼ばれて隣へ行き、一緒にソファーにかけると、慣れた感じで腕を差し出す。


 手首には『蒼龍そうりゅう』の数珠があり、清正は片方の手で柚莉の手を支えながら、もう一方で霊力チカラを送って、数珠がもつ守護のパワーを上げる。


 常人には見えないが清正が霊力チカラを発すると、手のひらがほのかに光る。柚莉はなにかを感じているのか不思議そうな顔をして、清正の手をマジマジと見つめていた。


 すべての作業が終わってみると、部屋の中は来たときにあった陰りが消えていて明るくなっている。よどみを感じた空気も澄んだものに変わっていた。


(なるほどな。

 一週間ごとにやらねーと間に合わねーわけだぜ)


 環はここへ来たときに、蓮華兄弟の部屋の結界がかなり強力で特殊なものだったことに驚いた。


 遠くから見たときのマンションは、霊力チカラのある環が視ても、なんのへんてつもないものだったからだ。それが部屋に近づくにつれて、どんどん違和感が出てきたのだ。


 マンションに到着して環が清正のあとに続いて部屋へ向かっていると、空間が時おりゆがむような感覚になった。そして部屋の前に着いてみれば、結界の張られた部屋は存在を感知されないよう消されていた。


 それに万が一、部屋の存在に気づいた霊体や妖怪などのアヤカシが侵入しようとふれるようならば、即座にはじき飛ばす強力な邪気返しも施されていた。


 環は結界の状態を知って、マンションの周囲にアヤカシがいなかったことに納得した。また柚莉の引き寄せる体質について知ってはいたが、ここまで厳重にしている結界を視て、神無月かんなづきの影響がどのくらいのレベルなのかも推測できた。


(オレもキツネの『うつわ』だが…… 同じ『器』でも厄介な体質だ。

 誘引物質のようにいろんなモノを引き寄せるからな。

 アヤカシが多いこの時期は危害を加えるタイプが多い。

 さっき兄貴がスゲー霊力チカラを数珠にこめていたが納得だ。

 あれくらいやらねーと、はじき返せない)


「柚莉くん、終わったから帰るよ」


 帰り支度をすませた清正が声をかけると、柚莉は笑顔を見せて「ありがとう」とお礼を言う。それから先に部屋を出ていた環のほうを向くと、「ありがとう」と言ってきたが、表情はまだ警戒していた。


 柚莉はパーキングまで見送ると言っていたが、清正は環もいることだし、大丈夫だからと断ったので玄関で別れた。


 帰りの車中で、環は運転する清正の体調が気になっていた。普段の清正はかなりの霊力チカラを持っているのだが、今は明らかに落ちている。本人は平静さを努めていたが、大きな霊力チカラを使うと、かなり体力を消耗する。おそらく清正はキツイ状態にある。


(兄貴の霊力チカラがここまで減るのは初めて見たぜ)


 環は心配していることを表には出さなかったが、青龍寺 ウ チ に着くと珍しく家事に取りかかった。無言で家事をする環に場を任せて、清正は自室に入って横になり体を休めた。


 外出していた父親が戻ってくると、環は食事の準備を始めた。いい香りがしてくると、清正は起き上がって部屋から出ていき三人で食卓を囲んだ。食事が進むなかで清正は父親に経過を報告した。


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