妖の夜宴(2)

 夕暮れにバイクを走らせる青龍寺しょうりゅうじの姿がある。特別な時間が近づいてきているので、顔には笑みが浮かんでいる。


 逢魔時おうまがとき、昼と夜が入れ替わる時間帯は世にズレが生じる。アヤカシたちが出現しやすい時間だ。


 土地神に封じられて思うように動けないアヤカシたちも血が騒ぐ。逢魔時で『ふう』にゆがみができて隙間すきまができた。いつもはおとなしくしているが時は神無月かんなづき。土地神が不在の今がチャンスだ。ゆがみからアヤカシがわき出てくる。


 青龍寺は目をつけていたアヤカシを狩りに行く途中だ。彼は狩場に着くと、あたりを見回して目撃者がいないかを確認する。常人にアヤカシは見えないとはいえ、いつものように用心して人目ひとめの少ない場所で青龍寺は狩りを楽しんでいた。


 ゴチャゴチャとした小さな商店街の片隅で青龍寺は狩りを行い、水墨画となった異形のいたちアヤカシを眺めている。鑑賞に満足したところで和紙を御朱印帳にはさみこんで帰り支度を始めた。


 上々な狩りの結果に、爽快な気分でバイクを走らせている帰り道、蓮華れんげ兄弟が住むマンションの近くを通ることに青龍寺は気がつく。


(そういや、あのチビ、引き寄せやすい体質だったな。

 もしかすると面白いアヤカシが近くにいるかもしれねえ。

 見に行ってみるか)


 好奇心で訪れた蓮華兄弟のいるマンションだが、青龍寺は予想外の光景を見ることになった。


 夜8時を回ったマンション前の道路に、青龍寺の兄・清正せいしょう柚莉ゆうりの姿がある。二人は連れだって歩き、親しげなようすで話をしている。


 いぶかしく思った青龍寺は、声をかけることはせずに、距離をおいてあとをつけ始めた。青龍寺に気づくこともなく、二人は話しながら近くにあったコインパーキングへ到着した。そこで清正は車に乗りこんで去っていき、柚莉も来た道を戻りマンションへ姿を消した。


(兄貴がわざわざ出向くとは、なにかあるな。

 青龍寺 ウ チ へ行って理由ワケを聞いてみるか。

 だが今日はマズイ。

 狩りをしたから親父と兄貴は気づくかもしれねえ。明日だな)


 青龍寺は面白そうなコトが起こりそうな予感がしている。本当はすぐにでも行動に移したくてウズウズしているが、気持ちを抑えてマンションをあとにした。




*** ***



「なんだ、たまき。珍しいな、日曜に青龍寺 ウ チ に来るなんて」


 早朝、寺の境内を掃除していた兄の清正に声をかけてきた環の姿がある。環はあたりを見回してホウキを見つけると、手に取って掃除しながら清正に質問してきた。


「兄貴、蓮華兄弟のマンションでなにしてたの?」


 突然の質問に清正は一瞬驚いた顔を見せたが、すぐに笑顔を見せて答えた。


「環は相変わらず目ざといな」


「…………」


マンション あそこ には、結界を張りに行ってたんだ」


「なんだ、それ?」


「そうだな、朝食作ってくれたら教えるよ」


 清正がニッコリと笑って言うと、環は少しだけすねた表情を見せ、ホウキを置いてから屋敷へと向かっていった。



 朝食が並んだ和やかな朝の風景に父子おやこ三人の姿がある。


「蓮華さんはこの時期、守護が弱くなるから結界があったほうがいいと思ってね。私の代わりに清正に頼んだんだ」


「神無月の影響か?」


「よくわかっているじゃないか」


 清正はしれっとした顔で朝食をとっていて、黙って二人の会話を聞いている。


 結局のところ、父親がマンションに行っていた理由を話してくれたので、環は朝食の作り損となっている。しかし家族がそろうと、やはりにぎやかになるようで、ほほえましい時間が流れていた。


「兄貴、結界張るのは神無月に一回だけ?」


「いや、神無月に入ってから週に一回は張り替えているよ」


「早いな!」


「用心のためだよ」


「じゃあ、あと二回行くのか?」


「ああ」


「次はオレもついていっていいか?」


「ん――、そうだな。環も知っていると便利かも」


「『便利』? 兄貴、オレを使うつもりだろ」


「ははは」


 話がまとまり、次の結界張りには環も同行することとなった。環は神社で争った一件以降、蓮華兄弟とは険悪な状態になっていたので、ほとぼりが冷めるまではと距離をおいていた。


(『蒼龍そうりゅう』の数珠を柚莉に渡してから数カ月経つ。

 弟を怪我けがさせたからって、かなり怒っていたけど……

 そろそろオレに対する怒りも薄くなったころだろう)


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