第10話 妖の夜宴「月の異名」
妖の夜宴(1)
一月、二月などの月には異名があることを知っているかい?
一月 睦月
二月 如月
三月 弥生
四月 卯月
五月 皐月
六月 水無月
七月 文月
八月 葉月
九月 長月
十月 神無月
十一月 霜月
十二月 師走
月の異名にはそれぞれ由来があるけど、それは自分で調べてくれ。ここで取り上げるのは
神無月―― 神々がある1カ所に集まる月だから、もともと鎮座している場所からいなくなる。だから十月は神無し月という由来がある。では土地の守護者が不在になるとなにが起こるのか。
『神無月は
暦が十月に入った。街のようすを見ていこうか――
*** ***
日が落ちて暗くなった下町
その小さな社がある方角へ駆けていく男がいて、顔にはうれしそうな笑みを浮かべている。気分が高揚しているようで楽しげな声がもれている。
「ユニークなやつが多くてサイコーだぜっ!」
新しいゲームの発売日に子どもがありったけのお小遣いを手に持って、あわててお店へ向かうときのように、ウキウキしながら走っているこの男・
彼の目の前を走るのは
八本の長い足、足とは対照的にでっぷりとした体。頭部には
サイズが小さくても恐怖心をあおられる蜘蛛だが、青龍寺が追っている蜘蛛は、大人ほどもある巨大さで、太い足をすばやく動かして、追跡する彼から逃げようと必死だ。
「チッ、逃げこむ気か」
青龍寺は蜘蛛が向かっている先に、小さな木製の社があることに気がつくと、走りながら蜘蛛に向かって右腕を突き出し、手のひらを蜘蛛に向けてから言った。
「あの蜘蛛が欲しい」
言葉を発したあと、走る青龍寺の背中から白い半透明のものが現れる。蒸気のようにも見えるソレは、内側からわき出てくるように大きくなっていき、だんだんと形が整っていく。
青龍寺の肩に引っかけるように白い足を乗せたら、いきおいをつけて彼の頭上を跳び越す。ソレは華麗に宙を舞うとそのまま地面へ降り立つ。すかさず走り出したのは半透明の白銀のキツネだった。
青龍寺の身の内から現れた白銀のキツネは、フサフサとした美しい毛が波打ってキラキラしており、全速力で蜘蛛へ向かっていった。
数秒後―― 社の近くに巨大な蜘蛛が倒れており、その横で白銀のキツネが青龍寺を待っていた。
青龍寺はゆっくりと蜘蛛に近づきながら、ポケットに入れていた御朱印帳を出す。ペラペラとページをめくっていき、はさんでいた厚めの小さな白紙の和紙を引き出した。
地面に横たわる蜘蛛のところへ着くと、しゃがんで手に持っていた和紙を蜘蛛の体に押しつける。すると蜘蛛の姿は次第に半透明となっていき、形が崩れてきて煙のようになった。
ゆらめいていた煙は、青龍寺が手にしている和紙に吸いこまれるようにして消えた。青龍寺が和紙を返すと、蜘蛛に当てていた面には、水墨画が描かれていた。
「年をとって妖力を増した蜘蛛か?」
大蜘蛛が描かれた水墨画をうれしそうに眺めているこの男は、異能の持ち主で、白銀のキツネを使役して、
彼は捕まえた
神無月に入ってから青龍寺の水墨画コレクションの犠牲となったのは二体目だ。
(やっぱり神無月は特別だぜ。
視たことがない
青龍寺はカードコレクションをしている子どもと同じように、キラキラした目で水墨画を見て悦に入っていた。
日本という国には、むかしから多くの神がいるといわれていて、「
さて、神を「陽」とするなら「陰」も存在する。対のかたちでよく出てくるのは「鬼」だ。
神と同様、日本では鬼も古くから登場している。鬼は人に災いをもたらすとされていて、天変地異のときや疫病が
また古人が鬼を封じたという怪しげな伝承は各地に残っている。鬼は広義では幽霊や妖怪などの
ここからが本題だ。この世は陰陽のバランスで成り立っている。では神がいなくなる神無月には、なにが起こっているのか。
日本にいる神たちは、それぞれ守護する目的や規模が異なる。例えば個人宅を守る神もいれば、小さな集落を守護する神もいる。土地を守る神を見れば大勢いて、自分が担当する地に住む人間や自然を守護している。
土地神はさまざまな鬼がもたらす障りから守護しつつ、鬼を制御して平穏を保つようにする。大きな害を及ぼしそうな鬼の存在があれば、常に目を光らせて、悪事を働かないよう押さえつけて、世に現れないよう封じている。
封じられた鬼は土地神に監視され、押さえつけられているので、自由に動けずにいて、うっぷんをためたまま機会をうかがう。
先にも言ったが神無月になると日本各地にいる神々は1カ所へ集まる。つまり十月という1カ月間は、神が不在となるのだ。
この機を鬼たちが
もちろん土地神はなんの対策もとらないわけではない。発つ前に世が乱れぬよう強く封をするが、
ふだんは決して世に現れない鬼が多く出現する神無月は、必然的に青龍寺好みの
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