心霊スポット(2)

 大学の夏季休業が明けて、学生が戻った大学構内に青龍寺しょうりゅうじの姿がある。


 久しぶりに会った友人たちと集まり、夏季休業中のようすを報告し合っていて楽しげなようすだ。話の輪の中にいる青龍寺のところに、珍しく弥勒院みろくいんがやって来て声をかけた。


たまき、ちょっといい?」


 会話の最中に割りこんできた弥勒院に、友人たちは少し嫌な顔を見せるも、青龍寺は快く「ああ」と言ってグループから離れていった。


 しばらく大学構内を歩いて、さっきのグループと距離をおいたところにくると、弥勒院が話を切り出した。


「環、お願いがあるんだ」


「嫌だ」


「まだなにも言ってないだろ!」


けいが頼みごとをする場合は『はらえ』だろ」


 まさに『祓』をお願いしようとしていたので、弥勒院はぐうのも出なかった。


 頼りにしていた青龍寺に即座に断られたので、弥勒院はあからさまにガッカリした表情を見せて、肩を落として去っていこうとする。青龍寺はその姿を見て頭をかき、ため息をついてから「なにがあったんだよ」と声をかけた。


 弥勒院はうれしそうな顔で振り返り、「友人の上野うえのから相談を受けたんだ」と青龍寺にいきさつを話し出した。




 高校の夏休みが終わって新学期となり数日が過ぎたころ、上野の弟が部屋へやって来た。そんなに仲がいいわけではなかったので珍しいことだ。親からなにか頼まれたのかと思って、伝言でもあるのかと聞くと頭を横に振る。弟は青ざめた顔をして相談してきた。


「兄貴、オレの友達……

 心霊スポットに行ったから、おかしくなったのかもしれない」


 いきなり切り出されて、はじめは冗談かと思い、「ふざけるなよ」と返そうとしたが深刻な顔をして怯えている。普通ではない弟のようすが心配になり詳しく話を聞いてみた。


 弟たちは、夜遅くに車を出して心霊スポットとして有名な廃屋を訪れた。廃屋へ到着すると、好奇心から怪異を求めて廃屋内へ入り、探索したが何事もなかった。興ざめし廃屋をあとにして各自帰宅した。


 夏休みが終わり新学期が始まって、弟と女の子二人は元気に登校してきたが、秋葉あきばという友人だけは一週間経っても学校に来なかった。弟がSNSにメッセージを送って呼びかけたり、電話もかけてみたが友人からは音沙汰がない。


 なんの反応もないことに、さすがに心配になった弟が友人の家を訪れたら、憔悴しょうすいした友人の母親が出てきて、「ちょっと変だから会わないほうがいい」と言われた。


 弟は友人の母親の「変だから」という言葉を聞いて、もしかして心霊スポットへ行ったことが関係しているのかと脳裏によぎった。でも責められるのが怖くて、心霊スポットへ行ったことは言い出せず黙っていた。


 なにも知らないフリをして弟が友人の母親に容体を尋ねたところ、友人は部屋にこもってボンヤリとしているか、ブツブツとなにか言っており、まるで人が変わったようだと泣きそうな顔をして話してくれた。


 弟は友人の母親と別れたあと、明らかにようすがおかしい友人の状態に、絶対心霊スポットに行ったせいだと怖くなる。なんとかしなければと思うが、誰になにを相談すれば解決できるのかがわからない。


 一人で考えていると、どんどん責任を感じてつらくなってくる。耐えきれなくなって悩んだ末に兄である上野の部屋を訪れて、「どうしよう、俺のせいだ」と泣きついてきたという。


 上野は自分を責める弟の姿にいたたまれなくなって、一緒になって方法はないかと考えたところ、寺の息子である弥勒院のことが頭に浮かんで相談してきた――




 青龍寺はここまで話を聞いていて、顔には出さないがあきれている。


(またかよ。ほんと、桂はお人好しすぎるぜ。

 ホイホイと人の頼みを聞きやがって……。

 困ったときしかやって来ねーやつなんざ、放っときゃいいのに)


「桂、なんで親父さんに頼まなくて、オレに言うの?」


「秘密裏に解決してくれないかって頼まれたんだ」


(あー! もう! アホか!!

 完全に利用されてるじゃねーか!)


 青龍寺は人が良すぎる弥勒院にあきれつつも、付き合いの長い友人を見捨てるわけにもいかず、どうしたものかとジッと見ている。青龍寺の視線に気づいた弥勒院はあわてて付け加える。


「ちゃんと報酬は払うぞ!」


「オレの『仕事』は高いこと知ってるだろ。そいつら払えんのかよ」


「大丈夫、オレのバイト代から地道に払うから」


(おいおい、マジかよ。なんでおまえが払うんだよ)


 あまりにも純心すぎる弥勒院に、青龍寺はあきれを通り越して心配になる。無料タダで請け負うのは嫌だし、なにか対価はないかと考えていたところ、青龍寺はあるコトを思いつく。そこで弥勒院に条件をつけて手伝うことを提案した。


「桂、『祓』してやってもいいぜ。ただし交換条件がある」


「それってオレができることなの?」


「もちろん」


 青龍寺がニヤッと笑った顔を見て、弥勒院は嫌な予感がしたが、ほかに選択肢はない。彼は青龍寺の出してきた条件を聞いて、おとなしくそれをのんだ。


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