街中(4)

 神社での一件があった数日後。夜遅い時間だというのにたまき蓮華れんげ兄弟のマンションにいる。


 柚莉ゆうりが不在にしている時間にわざと訪れており、代わりに出てきた柊兎しゅうとが玄関口で環をにらんで対応する。


「なんの用だ?」


「親父から『蒼龍そうりゅう』の数珠を渡すよう頼まれたんだよ」


「なら、渡してとっとと帰れ」


 柊兎はぶっきらぼうな口調で話し、環に対してあからさまに嫌悪の表情を見せている。


(兄弟そろって似たような性格してんな。

 ガキのくせに生意気だぜ。

 ……だが、この弟からしか糸口がねえ。ムカつくが我慢だ)


 環はしれっとした態度で柊兎に交渉を始めた。


「なあ、取引しよーぜ」


「なんのだよ」


「この前、親父と二人になったときに、『おにーちゃん』の体質のこと、聞いたんだろ?」


「…………」


 柊兎は表情を変えずに黙っているが、環はうまくいきそうだと腹の中でほくそ笑んで言葉を続ける。


「おまえら兄弟には見えない『変なモノ』だけど……

 ソレがおまえらに害を与えるようだったら、オレが対処してやるよ」


「なぜがそんなことをする?」


 柊兎の顔には警戒の色が見えていて、環の言動は善意からではなく、確実に裏があるとわかって、怒りの表情でにらむ。


「おいおい、威嚇すんなよ。だから『取引』って言ったろ?」


「…………」


 環は思惑どおりに進みそうなようすから、自然と笑みを浮かべてサラリと言う。


「おとーとクンがオレの出入りをOKしてくれるだけでいいよ」


「どういうことだ?」


「おまえのおにーちゃん、オレがおまえを怪我けがさせたから警戒しててさ、近づけねんだわ」


「……なんで柚莉に近づく?」


「面白いからだよ」


 隠すこともせず、環はニタリと笑って言い放ち、言葉を続けていく。


「あいつはいろんなものを引き寄せる。

 オレはあいつに引き寄せられるアヤカシに興味がある」


 環は柊兎にはそう話すが、本心は柚莉という人物に興味がわいていて、近くで観察したいと思っている。だが真意がバレると柊兎は承諾しないだろうと踏んで、彼の警戒を解くために堂々と嘘をつく。


「オレを利用しろよ。かなり有能だぜ?」


「……柚莉に危害を加えねーだろうな?」


「神社でのこと見てただろ? あいつとやり合うのは懲りたわ」


「テメーは信用しねーが、なら、うろつくのは見ないフリしてやる。

 だが妙なことすんじゃねーぞ」


「はいはい」


(チッ、クソガキが……)


 用心深い柊兎を見て、環は一筋縄ではいかないことを、内心では苦々しく思っている。だがそれはおくびにも出さずにいた。




 少しして―― 帰宅した柚莉は家に環がいるのを見て怒りだした。


「なんでおまえがいるんだ!」


「落ち着けって。親父から蒼龍を預かってきたんだよ」


「本当にそれだけかっ!?」


 警戒して感情が高ぶっている柚莉を見て、柊兎が声をかける。


、青龍寺さんがこの男に数珠を頼んだんだ。

 ……んなら、いいんじゃねーの」


 柊兎の言葉に柚莉は怪訝そうな顔を見せたが、「柊兎がそう言うならいいけど」と言って、環への警戒を少し解く。環は計算どおりに物事が動いたことに腹の内で笑う。


「んじゃ、もよろしくな。柚莉、柊兎」


 環はなれなれしく二人の名前を呼び、つくり笑いを浮かべる。それを柊兎は冷ややかに見ながら言う。


「おまえには『柊兎』と呼ばれたくねえ」


「なんだよ、つれないな~。んじゃ、『シュウ』って呼ぶわ」


「あれ? 柊兎は『シュウト』って呼ばれるの嫌なのか?」


「あんたはいいんだよ」


 柊兎はそう言うとプイッと向いて隣の部屋へと歩いていく。少しして意味に気づいた柚莉はうれしそうな顔をして彼を追う。


「ねえ、柊兎、オレの名前呼んでよ」


「なんで?」


「だって、やっとで名前を呼んでくれたじゃん?

 ずっと『あんた』とか『おい』だったでしょ。

 ねっ、呼んでよ」


「用もないのに呼ぶか」


「え――!! いいじゃんか、減るものじゃないし」


「しつけえな」


 環は二人のやり取りを見ていると胸がトクンとなる。


(なんだ、今の感覚は?

 胸のあたりでなにか感じたが……)


 自分の中で起こった初めての感覚に、環は不思議そうな顔をする。しばらく兄弟のようすを見ていたが、そのうち立ち上がって帰る準備をする。気づいた柚莉が声をかけた。


「環、数珠ありがとう。

 青龍……清宝せいほうさんにも『ありがとう』って伝えて」


 柚莉の言葉には答えず、環は黙ったまま手だけを振って合図し、部屋を出ていった。


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