街中(3)

 街中まちなかのとある商業施設内。 若者向けの服を販売しているお店に柊兎しゅうとの姿がある。長身の柊兎は目印となって重宝している。たまきは一つ上のフロアにいて、吹き抜けとなっている部分から柊兎の近くにいる柚莉ゆうりを観察する。


 環が視る柚莉の周囲は異様な状況だ。霊体や妖怪、黒いモノなどいろんなアヤカシが近くでウロウロしている。環の父親・清宝せいほうが渡したお守りに入っている護符のおかげで、柚莉の周りに結界ができており、アヤカシたちには彼が見えないし近づくことができない。だが存在は察知しているようで、キョロキョロとあたりを見回して柚莉を探している。


(すげーな。まるで誘引物質だぜ。

 そこにいるだけで、いろんなモノを引き寄せる)


 護符があっても現状なので、環は異質すぎる引力に驚きを隠せない。感心しながら観察を続けている環の存在に気づかない兄弟は買い物を続けている。


「さっきからサイズだけ見てカゴに入れてるけど、服のデザインとか見てるのか?」


「着れればなんでもいいよ」


 柊兎は無頓着な柚莉に少しあきれつつ服を見て回る。そこで気になる服を見つけたので手に取った。


「柊兎、気に入ったんならカゴに入れてよ。

 家にある柊兎の服も少ないんだからストックしとくよ」


 しばらく店内を見て回っていた柊兎が、女性用のコーナーから、パーカーと帽子を取ってきた。柚莉はそれを見て不思議そうに質問した。


「そのサイズは柊兎には合わないだろ?」


「これはあんたのだよ」


「女性用じゃないか」


「似合うならいいだろ。

 あんたの服は寒色系が多いから、こっちのほうがいい」


 柚莉は柊兎が自分用に選んでくれたとわかると、パッとうれしい顔になった。会計が始まると、柊兎はスタッフに頼んで服と帽子の値札を取ってもらった。そしてすぐに柚莉に着るようにと渡す。柚莉は満面の笑みを浮かべて服と帽子を身につけた。


 服を買い終わると、柚莉にはほかの店を回っているように言ってから、柊兎は姿を消した。環は一人になった柚莉の観察を続ける。


(なんだ、ほかの店には行かねーのか。

 っていうか、柚莉は周りに興味がないようだな。

 服を見てニコニコ笑って……。よっぽどうれしいんだな)


 柚莉が一人になるとすぐに変化が現れる。通行人があからさまに彼に関心をもつのだ。環の近くにいた男性も柚莉に気づいて話し出す。


「なあ、下のフロアに美人がいる」


「どれ。うわっ、マジだ!」


「一人かな?」


「あんな美人、一人のわけねーだろ。彼氏待ちだろ?」


「ちぇっ、いいよな~」


 引き寄せるのは変なモノだけではないようだ。柚莉は通りすがる人の目も引いていた。女性から羨望する視線、男性から恋愛の対象としての視線。ほかに嫉妬・独占などいろんな感情が渦巻く。


(人も引き寄せてやがる……。これは容姿からじゃねえ。

 フェロモンを察知したかのように本能的に探している。

 それであの美形とくりゃ、いろんな感情がわくのは当然だな。

 これじゃあ、日常生活は大変だろう)


 環が見ていると、三人組の男性が柚莉に声をかけてきた。どうやらナンパのようだ。柚莉は三人に関心を示さず、慣れた感じで断っているが、なかなかの強者だ。しつこく言い寄ってきていた。


 どうするかと見ていたら、柊兎が戻ってきていて柚莉に声をかけた。長身の柊兎を見て、怖気づいたのかナンパしてきた男たちは深追いはしなかった。




 柊兎は建物内で柚莉を探している際、目立つオレンジ色のパーカーと、ライトシルバーのキャスケットを買っておいて正解だったと思った。いつもの服装だと地味だが今は目立って探しやすい。ナンパされている柚莉を見て、またかと思いつつ柚莉に声をかけた。柊兎を見るとすぐに柚莉はやって来た。


「そろそろ帰るか」


「もう少し一緒に買い物したい」


「あんた怪我けがしてるだろ」


「大丈夫だから付き合ってよ」


「仕方ねーな。なにか欲しい物があるのか?」


「パソコン見たくて」


「なら行くぞ。荷物よこせ」


「ありがとう」


 柊兎は柚莉の腕の怪我が気になり、あまり無理はさせたくなかった。だが柚莉の懇願こんがんする顔を見て折れた。二人は移動して家電量販店へ行き、パソコン関連のコーナーを見て回る。


 パソコンを探している柚莉の要望を聞いてみたら、市販の物を大きく上回るスペックを要求している。ハード系に強い柊兎は自作したほうがいいと提案する。結局なにも買わずに家電量販店をあとにして帰ることになった。途中で柊兎はドラッグストアに寄り、柚莉の傷を手当てするために道具を買い足した。


 帰りの電車内で立っていた柊兎は、隣に立つ柚莉がうつらうつらとしていることに気がつく。車両内を見れば空席があったので移動して並んで座った。


「駅に着いたら起こすから寝てろよ」


「うん……」


 柚莉は素直に柊兎の言葉を聞いて眠り始めた。安心しきって身を任せるように眠る柚莉を見て、柊兎の表情は自然とやさしい顔になっていた。


 駅に到着しても柚莉は起きるようすはない。柊兎は起こすこともなく、当然のように柚莉をおぶっていく。そのまま改札を出てマンションへと向かい、部屋に入っていった。


(ふうん。弟クン、あんな顔もするんだ)


 あとをつけて兄弟を見てきた環は、ずっとクールな顔をしていた柊兎が、電車の中で眠る柚莉を見たときだけ見せた表情から意外な面を知る。観察してきた環はバランスのいい兄弟だと分析する。


(霊体や妖怪などのアヤカシなら親父の護符でなんとかなる。

 だが人まで引き寄せるのは厄介だ。

 柚莉一人だと、いろんな人にからまれるだろう。

 だがあの弟がいるおかげでそいつらを遠ざけている)


 ほぼ一日観察してみて、環は柚莉に対してさらに興味がわく。土地神の『うつわ』というだけで、いろんなモノを引き寄せる体質。常にまとわりつくアヤカシ、それだけでなく人の感情……。一体どう対処しているのか。


 あと柚莉の感情の幅が、他人と柊兎で大きく違うことも気になった。


(柚莉は人当たりがいい。

 でも、それは今までの経験からの処世術みたいだ。

 本当に気持ちが動くのは弟がからんだときだけに見える。

 オレと対峙たいじしたときも柚莉はまるで人が違った。

 あいつにとって、それほど柊兎は大事な存在なのか?

 柊兎のなにが特別なんだ?)


 環はあまり他人に関心をもたず、もったとしてもすぐに魅力を感じなくなって興味が失せる。ところが柚莉は観察してみて、さらに興味がわく。他人のことをもっと知りたいという珍しい感情がでてきたので、青龍寺 ウ チ へ戻り、父親に『蒼龍そうりゅう』の数珠を渡す代理を申し出た。


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