街中(2)

 朝のまだ早い時間に蓮華れんげ兄弟は青龍寺しょうりゅうじ家を訪れていた。昨夜、たまき柚莉ゆうりが争うことになった理由を聞くためだ。


 兄弟は環の父親・清宝せいほうから、いきさつを聞き、話の途中で柚莉は席を外した。一方、柊兎しゅうとは清宝に呼び止められて話をしていた。それがすんで柊兎が屋敷から出ると、すでに柚莉が玄関前で待っていて話しかけてきた。


「柊兎…… まだ怒っている?」


 柊兎はなにも答えずに歩き出す。柚莉は怒っている柊兎を見て落ちこみ、うつむいてトボトボと彼のあとをついていく。柊兎は歩きながらさっきまでの会話を思い返していた。



 居間に通されて清宝から話を聞いたあと、環の姿を見た柚莉は席を立った。柊兎は心配して柚莉のあとを追おうとしたが、「お伺いしたいことがあります」と言われて清宝に引きとめられた。そこで質問された。


「柊兎さん、私の話を聞いてもそんなに驚きませんでしたね。

 もしかして通常ではありえない現象がこの世にあることをご存じで、今回のことも見えないなにかが関係していることに気づいているのですか?」


「……オレには見えないけど、見えないなにかが存在していることは知っている。

 柚莉アイツの周りでは変なことが多いからな」


 柊兎は幼いころから兄である柚莉のそばにいて、いろんなことを見てきた。動物に好かれることから始まって、不思議な現象、それにいろんな人から執着される柚莉。柚莉の意思とは関係なく展開されていく数々の出来事。渦の中心にいた柚莉は、わざと関心をもたないように努めているふうだった。


「見えないなにかはどうでもいい。見えないのは存在しないのと同じだからな。

 ただあいつが巻きこまれるのが嫌なんだ。いつもオレのことで傷つく……」


 柚莉の周りでは彼の取り合いのようなものがよく起こった。柚莉自身がなにかをするのではなく、周りが柚莉をめぐって争いを起こす。柚莉は他人を傷つけるようなことはしなかったが、例外があった。それは柊兎が絡んだときだ。


 普段は物事に深入りしない柚莉だが、柊兎に危害を加えようとする者がいると人が変わった。柔和さは消え失せて、二度と柊兎に危害を加える気にならないよう徹底的に痛めつけた。数回そんな事件があり、柊兎は自分を守るために非難を受けた柚莉に対して気がとがめることがあった。


「やっぱ……オレは柚莉の近くにいないほうがいいのか」


 環との争いも自分が関係していると思うと、柊兎はつぶやいてしまった。清宝は柊兎の話しぶりから、蓮華兄弟に絆の強さを感じたのでアドバイスをだした。


「柊兎さん、逆です。できれば柚莉さんと一緒にいてあげてください」


「……なぜ?」


「私が柚莉さんにもった第一印象は、自分に対して無頓着というものでした。

 彼を見かけたとき、顔色が悪くとてもきつそうでした。そこで休憩をとるように声をかけたのです。

 立てないくらい弱っていたのに休む素振そぶりもなく、まるで他人事のように『大丈夫』と言って歩き出して倒れましたから。

 柚莉さんは一人だと、自分に執着がないようです」


 清宝は初めて柚莉に会ったときのことを話すと、続けて柊兎がいない場合の彼がどんな状態なのかを伝える。


「普段は自分に関心のない柚莉さんですが、あなたと一緒にいるときは、ちゃんと『彼らしい』ところが見えます。

 先ほどあなたが怒っていた隣で彼が困っている姿を初めて見ました。

 今まで柚莉さんは、自分に起こっている物事を他人事のように流している感じでしたので、本当の柚莉さんを見た気がしました」


 清宝は柚莉と知り合ってまだ数カ月と日が浅い。それでも何度か柚莉と会ううちに、彼があまりにも自分に無関心でいることが、無防備につながることを心配していた。それが柊兎の存在でガラリと人が変わる。


「柚莉さんは、あなたがいるから『自分』という存在を確立できているのではないでしょうか。

 おそらく、あなたがいなくなると、また自分に無関心な状態に戻ると思います」


「…………」


「そばにいるとハラハラするかもしれませんが……

 柚莉さんにはあなたが近くにいたほうが、彼らしさがでると思います」


 柊兎は柚莉の意外な一面を知って内心驚いている。それでも自分が近くにいることで、また柚莉が傷つくことを考えると悩んでしまう。清宝は柊兎が迷っていることを感じとり、懸念が減ればと思って提案した。


「柊兎さん、あなたが望むなら、柚莉さんの体質のことを詳しくお教えすることができますが……」


「いや、いい。柚莉がオレに隠してるってことは普通でいたいからだろ。

 だったらオレも知らないままでいい」


「そうですか……。でも一つだけ……

 お気づきかと思いますが、彼はいろんなものを引き寄せます。善いも悪いも、形あるものも無いものまで……。

 そこだけは気をつけてください。近くにいれば障りが及ぶかもしれません」


「そんなのとっくに知ってるし平気だ。

 あいつの弟を何年もやっているからな」


「あなたがいてくれたら安心できます。

 私も助力します。実はこの『蒼龍そうりゅう』の数珠は、邪気を跳ね返したり、結界で守ってくれるチカラもあります。直してからまた柚莉さんにお渡しします」


「ありがとう……ございます」


「いえ、お気になさらず。

 私も彼のことが気になっていますから、これくらいのことはさせてください」




 青龍寺の屋敷でさっきまで清宝としていた会話を、柊兎は思い出しながら境内を歩いていく。


 いつも自分オレをかばって怪我けがをする――


 柊兎はそんな柚莉を見るのが嫌で、今回も自分を守るために怪我をした柚莉に対して怒っていた。


 黙ったまま先を行く柊兎の背中を見ながら、柚莉はショボンとして後ろからついていく。柊兎は振り向かずに柚莉に言う。


「あんたさ、オレのことで無理するなよ。

 心配してくれるのはわかる。でもあんたが怪我するのは嫌なんだよ」


「うん……」


 柚莉が返事しても柊兎はこれまでの経験から、どうせオレが言ってもやめる気はないんだろうと思ってしまう。後ろで落ちこんでいる柚莉の気配を感じつつ、しょうがねえなとなる。


「はら減ったな。朝飯食いに行こーぜ」


「うんっ」


 柊兎の一言で暗く落ちこんでいた柚莉の顔に笑顔が戻る。柚莉は満面の笑みを浮かべて柊兎の隣へ行き、並んで歩き出した。


 蓮華兄弟のやり取りを環は陰で見ていた。二人が境内から去っていくとそのまま尾行を始めた。




 カフェのモーニングメニューを注文して朝食にありつく蓮華兄弟。通りを行く人が窓際席にいる二人の姿を見ると、歩くスピードを落とし、口を開けて見惚れながら通り過ぎる。


 弟の柊兎は背が高くてイケメン。柚莉は小柄で女性のように見える美形。二人そろうと美形の恋人同士に見えているのかもしれない。そんな目の保養となる二人が話しこんでいる。


「なんで柊兎は環が青龍寺さんの息子って知ってたんだ?」


 仲直りできた柚莉は、ずっと聞きたかったことを柊兎に質問している。柊兎はしれっとした顔をしているが返答に困る。柚莉はジ――ッと柊兎を見ていて諦めるようすはない。そこで柊兎は話し始めた。


「あんたの家に来てすぐのころに、大学生がなにやってんのか気になって、あんたをつけたことがある。そのときに見かけたんだよ」


「え? オレのことをつけていたの?」


「あんた、ほとんどパソコンにしか向かわないから、ほかになにやってんのか気になって」


「そっか。ごめんね、せっかく柊兎が来てくれてるのにあまり時間とれなくて」


「前も言ったろ。オレは進路を決めるために来てるんだから気にすんな」


「うん……」


「そうだ。青龍寺さんから数珠の代わりを預かっている。

 直すまでこのお守り持ってろって」


 柊兎は預かっていたお守りを柚莉に渡した。二人は話しながら食事を続ける。途中で柚莉が提案した。


「ねえ、柊兎。これから買い物に行かない?」


「いいけど。まずはあんたの服からだな」


「オレの服? そんなのいらないよ」


「いらないじゃねーよ。数が少ないのに昨日ので破れたじゃねーか。

 替えを買いに行くぞ」


 話がまとまると兄弟はカフェを出て、電車を使い商業施設のある街へ移動を始めた。


 一方、環は兄弟の観察を続けている。柚莉にく猫又の気配を追ったときのように、今度は白銀のキツネがつけた柚莉の怪我から気配をとらえて、二人に気づかれないようにあとをつけ始めた……



 ――ここまでが、環が街中まちなかに出る前の状況だ。


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