器(4)

 翌日。

 早い時間に青龍寺しょうりゅうじ家を訪れる人影があった。


 怒りをあらわにしている長身の男と、制止する小柄な人物―― 昨夜、神社でたまきとやり合った二人だ。


 長身の男は、玄関の戸を開けて対応した環の父親・清宝せいほうに臆することなく質問してくる。


「昨日あったこと、知ってるな? 説明しろよ」


柊兎しゅうと、オレが話を聞いてくるから待ってろよ」


「うるせえ」


 あいさつもなくぶしつけに話す長身の男の後ろで、困った顔をした小柄な人物は、清宝を見て小さく首を横に振り、人差し指を口に当てて、内緒にしてという合図を送る。


「……蓮華れんげさん、おはようございます」


 清宝は環から昨夜のことは聞いていたので、環が襲ってきた理由を柚莉ゆうりが聞きにやって来ることを予想して待っていた。だが背の高い人物とは初対面だ。若いのに物おじせず堂々としていることに内心驚くも、「まずは」と言って、二人を居間に通して座布団を進めた。それから穏やかな口調で自己紹介を始めた。


「初めまして、環の父・清宝と申します。ええと……」


「あ、青龍寺さん、弟の柊兎です」


 すかさず柚莉が柊兎を紹介し、柊兎には改めて清宝とは知り合いであることを簡単に説明する。それがすむと清宝は二人に対して環の非礼を詫びた。


「柚莉さん、柊兎さん、昨夜は息子の環が失礼しました。

 お二人に怪我けがを負わせてしまったようで……。申し訳ありませんでした」


 二人に深々と頭を下げた清宝を見て、柊兎から怒りの色が少しだけ引くが、険しい表情をして質問する。


「なんであの男は柚莉コイツと喧嘩してたんだ?

 オレにはこいつが突然怒り出したようにしか見えなかった。

 でも理由もなく怒るやつじゃねえ。

 ワケわかんなくて理由聞いたけど、なんか隠してやがる。事情知ってんなら教えてくれ」


 真剣な顔で清宝に質問する柊兎の横で、柚莉は知られたくないことがあるのか挙動不審になっている。


 清宝は柊兎を見て、理由を聞くまでは居座るだろうと判断し、問題のないところだけを話そうと決める。


 清宝は「今から奇妙なことをお話しします」と前置きしてから語り出した。



 この世には、たいていの人には見えない肉体を持たない『モノ』、一般には霊体などと呼ばれるモノが存在する。それらはたまに人に『障り』を与えることがある。青龍寺家は、常人が見えないモノが視える家系で、むかしから人に害を与えるモノを祓うことをしてきた。


 昨夜の一件も環は『はらえ』をしようとしていた。柚莉にいているアヤカシを見つけ、周囲に障りを与えないよう祓おうとした。このとき柚莉がアヤカシを操っていると思っていたので、まずは柚莉を攻撃した。祓っている現場に柊兎が現れたのを見て、なにかあってはいけないと追い払うつもりで攻撃してしまった――



 清宝は説明が終わると、また深々と頭を下げて謝った。柊兎は話を聞いてもまだ納得できないようで、黙ってにらんだままだった。


 そんな状況の中、いつからいたのか廊下に環がいて三人のようすを見ている。兄弟が環に気づき視線がいくと、「怪我させて悪かったな」と謝った。言葉では悪かったと言っているが、態度は悪びれておらず、すぐに去っていった。


 清宝が「失礼な態度ですみません」と謝ると、無言のまま柚莉が席を立ち、環を追いかけた。柊兎も続こうとしたが、「柊兎さん、お伺いしたいことがあります」と言って清宝に引きとめられた。


 廊下を歩く環の後ろを柚莉が黙ってついていく。環はそれに気づいていたが、父親が自分の趣味でしていた「狩り」を、祓うためと言って頭を下げていたことに気がとがめて無視していた。ところが居間から離れてもずっとついてくるので、イラッとして言葉を発した。


 「んだよ、謝ったじゃねーか――」 環が言いながら振り向くと、柚莉が服のえりをつかみ、そのまま引き寄せてから言った。


「オレに用があるんだろ? 柊兎を巻きこむな」


 静かな口調とは裏腹に、柚莉は殺気のこもった激しい目で環を見据えている。


(こいつ…… オレを全然怖がっていねえ。キツネの姿も視えていたはずだ……

 それに体格差があることも気にしてねーようだ。

 女みてーな姿ナリしてるくせに肝が据わってやがる。

 この目…… また長身の男を怪我させたら、次は確実につぶしにくるな……)


 柚莉には強い意志が見える。環は身の危険を感じて、ゾワッと全身に鳥肌が立ったが、同時に自分を真っすぐ見ている目にゾクゾクする。矛盾する感情のなか、努めて冷静さを保つ。


「……もうしねーよ。身内は関係ないからな」


 言葉を聞いても柚莉は黙ったまま環の目を見ている。

 しばらくして「なら、いい……」と言って手を離した。


 手を離したあとも柚莉は環をにらむ。そこへ廊下の先から清正せいしょうが姿を現し、柚莉を見ると「柚莉くん、こっちへ。傷を見せて」と声をかけてきた。


 柚莉は清正の姿が目に入ると、殺気だっていた空気がなくなり、「清正さん」と親しげに声をかけて、彼のところへ向かった。


 環は柚莉と距離をとることができてホッとしており、体には変な汗をかいていた。また心拍数が上がって鼓動はうるさく、なんだか気持ちが落ち着かない。初めてわいた感覚に不思議に思いつつ、去っていく二人を見ていた。




 環はいったん自室に戻ったが、父親から聞いていた柚莉の「引き寄せる体質」という言葉が気になっていた。それにさっき間近で見た柚莉の目に強烈に引かれていた。


 あの夜、柚莉は正体が見えないモノにいきなり襲われて驚いただろう。しかも敵意をもった攻撃なので、生命の危機もありうるから恐怖を感じたはずだ。


 戦闘の途中から柚莉に怒りのスイッチが入ったことで、見えないモノが視えるようになった。やっとで正体が視えたと思ったら、今度はトラほどもある大きなキツネのアヤカシが目の前に現れたので想定外だったことだろう。


 ありえない状況に普通だと畏怖してたじろぎ、得体のしれないことを引き起こしている環を不気味に思うものだ。


 それなのに、さっきの柚莉の目には恐怖の色はまったくなかった。激しい怒りをもった強い意志しか読みとれない……。恐れを知らない真っすぐな瞳。


 環が異質な霊力チカラを使う姿を見ても、臆することなく正面から向かい合った人物は、柚莉が初めてだった。


 どんな人物なのかもっと知りたい――


 女性のような外見をした柚莉。その姿からは想像できない強さをもつ彼にさらに興味がわく。環は知りたいという好奇心が抑えられない。そこで柚莉を尾行してみることにした。


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