器(3)

 たまきは夢物語のような伝承を父親から聞いて言葉が出ずにいた。こんな話はファンタジーに分類されるが、常人が見ている世界と、環のように霊力チカラをもつ者が知る世界は異なる。


 環は『うつわ』の役割を身をもって知っているし、土地神が存在していて、人や自然を守っていることも知っている。


(あのチビが土地神の『器』だと?

 キツネ一匹の『器』ってだけで振り回されることもあるのに、土地自体を持つって……)


 話し終わってお茶を飲んでいた父親は、環が土地神の『器』という重責をなんとなく察したようすを見て、声のトーンを落としてから言う。


「『器』となった者は内に秘めたものを制御するため、精神にも肉体にも負荷がかかる。

 環、うすうすわかっているはずだが、『器』に選ばれた者は長生きできない」


 環は黙ったまま父親を見る。そのことは知っているが改めて言われると、胸にズキッとくる。


蓮華れんげさんは特異だ。本来なら土地神の巨大なチカラのため、10歳も生きられないはず。

 くわえて土地というものは、なんでも引き寄せる。生き物などの物質、善悪などの感情も含めてだ。

 土地神の『器』となる彼は、これまで引き寄せられたものに振り回されることが多かったはずだ。彼自身とても生きづらかったと想像できる。

 なのに……強い精神力で今を保っている。だから蓮華さんを見かけたときに、邪気を祓ったり結界をつくれる『蒼龍そうりゅう』の数珠を渡したんだよ」


 そこまで話すと父親は黙ってしまった。環は腑に落ちないことがあって質問する。


「あいつが『器』なのはわかった。だが、なんで霊力チカラがないんだ?

 最初に見たときはデカイ霊力チカラを感じたが、喧嘩を吹っかけたときは、オレのキツネが見えてなかったぞ」


「ちょっと待て、環。

 おまえは蓮華さんの前でキツネを出したのか?」


 環は口がすべったと思ったが遅かった。ここから父親の説教が始まる。隣で黙って話を聞いていた清正せいしょうは、始まるぞといった顔をして、急須を手にしてそっと席を立ち、新しい茶葉へ替えに行った。



 数分後――



「わかったな、環。

 むやみに人前でキツネを出してはいかんぞ!」


 親は子が大きくなっても幼く見えるらしい。子どものように説教された環は、やっとで終わったと思いつつ、さっきの質問をもう一度投げる。


「わかった、わかった。キツネは出さないって。

 で、なんで柚莉ゆうり霊力チカラがないんだ?」


「それは―― 知らん」


「は?」


「さっき話しただろう? 『青龍寺家の伝説』と。

 父さんも初めて土地神の『器』となる人に会ったんだから、知らないことだらけだぞ」


「マジかよ。

 あいつの連れにちょっと怪我けがさせたらブチ切れて、それからいきなりキツネが視えるようになったんだよな……」


 環が回想しながらボソリとこぼした言葉に、また父親が叱り始め、数分間説教が始まった。



「わかったな、環。人様に怪我させるんじゃないぞ」


「へいへい」


 長い説教にうんざりした顔をして環は返事をした。父親は茶を飲み、少し考えてから環の質問に答える。


「ふむ。もしかしたら蓮華さんは感情で霊力チカラが発現したのかもなあ。

 環が怒らせたからじゃないのか? しかし、その傷だと環の惨敗か?

 はっはっはっ、相手が悪かったな」


「柚莉くん、ああ見えても力が強いからね」


 父親と兄に笑われて決まりの悪い環は、これ以上からかわれてはたまらないと、氷で殴られた頬を冷やしながら自室へ戻っていった。


 環が完全に去ったあとに、清正は父親を見て静かに言う。


「環には全部話さないんだ?」


「……知らないほうがいいこともある。それに私の役目じゃないからな」


 居間に残った二人は憂いのある顔となり、黙ってお茶を飲んだ。



 環は久々に帰ってきた実家の自室でたたみの上に寝転び、氷で頬を冷やしながら、窓から見える夜空をぼんやりと見ている。


(なんだ…… 『器』はオレだけじゃねーのか。

 「柚莉」、一体どんなやつなんだろう。

 同じ『器』がどんな死に方するのか興味があるなあ。

 規格外の異能だし、見てて飽きなさそうだ)


 環は自分よりよっぽど難儀しそうな柚莉に興味をもつ。いろんなことが起こった一日を回想し、うれしそうに笑って、新しいオモチャを見つけた子どもと同じ目をした。


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