第7話 器「知られていない『世』の仕組み」

器(1)

「兄貴、親父いる?」


「いや、まだ帰ってきていないよ」


 ただいまを言わずに青龍寺しょうりゅうじ家に帰ってきたたまきに声をかけられて、居間でくつろいでいた兄の清正せいしょうが振り向く。


「なんだ、怪我けがしているじゃないか。環が怪我するなんて珍しいな」


「…………」


「手当てしてやるよ」


「いいよ、自分でやる」


「オレのほうがうまいだろ」


 清正が救急箱から道具を取り出して器用に手当てをしている間、環はさっきまでの狩りを回想する。



 数十分前まで環は夜の神社でアヤカシの「狩り」をしていた。今回の獲物は「猫又」で小柄な人物の近くにいた。見つけたときは『式』だと思っていたが、狩りの最中にようすがおかしいことに気づく。


 『式使い』と思っていた小柄な人物を攻撃してみると、常人と同じように霊力チカラはないし、猫又は『式』ではないみたいだ。環は拍子ひょうし抜けしたが、猫又はいつものように水墨画のコレクションに加えようと狩りを続けた。


 狩りの途中、第三者が介入してきたので、追い払うために脅しで軽く傷をつけた。それを見た瞬間、小柄な人物が怒りだして環に攻撃してきた。


 それがとても奇妙で、霊力チカラがなかったはずなのに、小柄な人物は環の白銀のキツネが視えていて、霊力チカラがないとふれることができないはずのキツネを殴りつけた。環自身も大怪我を負いそうになり、初めて背筋がゾクリとする経験をした。


 小柄な人物の正体は不明だったが、狩りの途中で彼の腕にあった数珠を見て、環の父親特製のものだと気づく。


 狩りは中断したが、ワケありげな小柄な人物のことを、父親が知っていそうだったので、聞いてみようと青龍寺家 ウ チ に戻ってきたところだ。


「いてえ。兄貴、もう少していねいにしろよ」


「ほら、終わったぞ。氷取ってくるから、顔は冷やせ」


 清正は立ち上がってキッチンへと向かっていく。環はズキズキと痛む頬を軽くさわりながら、「口の中が切れてやがる」とボソリとつぶやき、苦々しい顔をした。


 玄関の戸が開く音がして、「ただいま」と穏やかな声が家の中に響く。キッチンにいた清正の「おかえり、父さん」という声がして、やがて二人分の足音が居間へやって来た。


 帰ってきた父親は、環が怪我をしているのを見て驚いた表情を見せる。環は決まりが悪そうに「おかえり」と言って迎えた。


 清正が氷の入った袋とタオルを渡すと、環は殴られた頬に当てて冷やし始める。父親である清宝せいほうは、環を見ながら清正と同じことを言った。


「なんだ、環が怪我をするなんて珍しいな」


「あー……。怪我コレはいいから」


 ばつが悪い環は二人から視線を外して問いかける。


「親父、聞きたいんだけどさ、『蒼龍そうりゅう』の数珠を人に渡した?」


 環が質問すると父親は黙ったままでいる。そのようすから、なにかあると気づいて続けて話す。


「蒼龍が彫られた数珠をつけたやつがいてさ、160センチくらいの長髪のチビで、女みてーな顔してて確か『ユーリ』って呼ばれてた。

 この怪我、そいつとちょっとやり合ってさ……。親父の知り合い?」


 そこまで話すと、父親は困ったようなため息をついた。どうやら清正もなにか知っているようで、ヤレヤレという感じで首を小さく横に振っている。


「環、その人は知り合いでね、特殊な事情があるから蒼龍の数珠を貸したんだ」


「知り合い? 今まで見たことねーぞ?」


「ああ、最近知り合ったんだ。

 環は一人暮らしで家へはあまり帰ってこないから、まだ会ったことはないだろう。

 彼は『蓮華れんげ 柚莉ゆうり』さんだよ」


 柚莉という人物が、青龍寺家とつながりがあったことは意外だったが、正体がわかりそうなので期待する。


「なんで人に貸さない蒼龍の数珠をあいつに渡したんだよ。

 『特殊な事情』ってなんなの?」


「…………」


 質問に即答しなかったことに、環はなにかあると踏んで、がぜん興味がわいて再度質問した。


「蒼龍を出すからには青龍寺 ウ チ に関係するのか?

 よっぽどのことがない限り人には渡さねーだろ」


 父親は環がただの好奇心から質問していることはわかっている。このまま放っておくと勝手に調べ始めるだろう。それに環が手の早いことは知っているので、また彼と接触して危害を加えるかもしれないと案じる。


 父親は息子とはいえ個人的な情報を話すことに抵抗はあったが、環と柚莉という人物は、似たようなところもあるので、意を決して話すことにした。


「環、今から話すことは蓮華さん自身に伝えていないこともある。

 だから彼に話さないでくれ」


 父親は念押しをすると座布団に座った。清正は長い話になりそうだと思い、「お茶を入れてくるよ」と言って席を立った。


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