スリル(2)

 陽のあるうちは清々しい神社でも、夜になると雰囲気が変わる。息をひそめているのか生き物の気配はしなくなり、境内は静まり返る。神社を守護する狛犬は影ができて獰猛な姿となり、昼には感じることのない異空間のようになる。


 夜の神社には外灯などの明かりはなく、高い木々に囲まれた部分は真っ暗で恐ろしげだ。ありがたいことに今夜は月明かりがあって、かろうじて境内のようすはわかる。人の気配がまったくしない静かな神社だ。


 そんな神社に青龍寺しょうりゅうじがいて、拝殿前に腰を下ろして空を見ている。狐面をかぶり手袋をしていて、「狩り」の準備は万全だ。


 この神社は、小柄な人物が住むマンションの最寄り駅近くにある。青龍寺は彼が神社の境内を通って帰宅することを知っていて、待ちぶせているのだ。思惑どおり遅い時間に改札を出てきた小柄な人物は神社の境内へ入ってきた。


 青龍寺は彼の姿を見つけると、おもむろに立ち上がって近づく。そして適度な距離をおいた場所から声をかけた。


「よお!」


 小柄な人物は、誰もいないと思っていた境内で人の声がしたので、ビックリして足を止める。青龍寺の姿を認めると、何者かと警戒して凝視する。しばらく沈黙していたが小柄な人物が質問してきた。


「前に…… 大学で会った人ですか?」


「そうだよ。続きをやろうぜ」


「続き?」


「ああ、狩りそこなった『猫又』をもらう」


「 ?? 」


 やはり前と同じで小柄な人物は状況がわかっていない。彼は青龍寺が言っていることの意味がわからず、困惑した顔で答える。


「あの、言っていることがよくわからなくて。誰かと人違いしていませんか?」


(こいつ、とぼけているのか。それとも本当に知らねーのか……

 あー、面倒くせえ。猫又を狩って聞けばいい)


 青龍寺は小柄な人物の質問に答えず、黙ったまま右腕を振った。


 すると小柄な人物は、横からなにかやわらかい物がぶつかった感触を受け、突き飛ばされたように地面に転んでひざをつく。


「え?」


 小柄な人物は地面に膝をついたまま、物が当たってきた方角を不思議そうな顔をして見るも、視界にはなにも映らない。確かになにかが体にふれ、押されたはずなのに、なにも映らないので、キョロキョロと見回して正体を探す。


「なんだ? おまえ、やっぱ視えてねーのかよ?

 でも…… なんかありそうだな」


 状況はつかめていないが、一度大学でからまれたことや、パーカーの男の話しぶりから、小柄な人物はこの男がなにかをしていると気がつく。


「なに? なにをしたんだ?」


 青龍寺は質問には答えずに今度は左腕を振る。すると地面に座る小柄な人物の体に、また見えないなにかが当たって、地面に転がされる。


「えっ??」


 小柄な人物は、また見えないなにかが自分に当たった感触を受けて、驚きと恐怖のような表情で青龍寺を見上げる。男は平然としたようすで立っている。


 ここで小柄な人物は、パーカーの男が明らかに自分に対して、敵意のようなものをもっていて攻撃していると認識する。だが目にはなにも映らないので、一体なにが起きているのかわからずに困惑する。


 そこへ「フシャー!!」と威嚇する大きな声が境内に響き、小柄な人物の前に猫又がスッと姿を現した。猫又は彼を守るように前に立ち、青龍寺をにらみつける。


 青龍寺は猫又が現れたのを見て、面の下でうれしそうな笑みを浮かべる。


「出た。んじゃ、やりますか」


 青龍寺がそう言うと、境内のあちらこちらで突風が起こり始めた。


 小柄な人物は前回と同様、自分の周りで風が不自然に動いていることは体感できるが、なぜそんな奇妙な現象になるのか理由がわからない。ただ不自然な突風の中で、パーカーの男がこの妙な現象に関係していることはなんとなく読めた。


 境内では白銀のキツネと猫又が激しく争って、そこらかしこで突風が発生している。その中心で小柄な人物は、地面に膝をついたまま、この状況をどう切り抜けようかと悩んでいたら、人の声が聞こえてきた。


「おい、そんなトコに座りこんで、なにやってんだよ」


 二匹の戦いを見ていた青龍寺は、歓迎しない第三者の介入に気づいて、チッと舌打ちを鳴らす。声がしたほうを見れば、コンビニ袋を提げた人影が境内に入ってくる。


(ん? 一人か。

 なら、軽く脅して追っ払って、すぐに狩りを終わらせよう)


「おい、そこの! なんでもねーから、とっとと帰んな」


 青龍寺は境内へやって来た人物に向かって声をかけ、それから腕を軽く振った。するとやって来た人物に向かって突風が吹いて、持っていたコンビニ袋がけて、手に切り傷ができた。


「ってぇ」


 突風で裂かれた袋からは商品がこぼれ落ち、袋を持っていた手の甲にはカミソリで切ったかのように、スパッと切れて血が出ている。


「シュウト!!」


 座りこんでいた小柄な人物が叫ぶ。青龍寺はそのようすを見て、境内に現れた人物をよく見てみる。現れた第三者は、初めて小柄な人物を見かけたときに、付き添っていた長身の男だった。


「なんだ、おまえの知り合いか。タイミングの悪いやつだ」


「まっ、待て! 関係ないだろっ」


「邪魔だ。帰ってもらうぜ」


「やめろ! そいつに手を出すなよ!!」


 小柄な人物を無視して青龍寺が腕を振ると、また長身の男の近くで突風が発生し、今度は二の腕の部分がスパッと切れて血が出る。長身の男はいきなり風が吹いて腕に怪我けがしたことに驚いている。


 境内で座りこんでいた小柄な人物は、長身の男が怪我を負ったのを見て、急に表情が変わる。


「おまえっ!」


 小柄な人物は、強い口調で声を上げて青龍寺をキッとにらみつけると、すばやく立ち上がって青龍寺に向かってきた。間合いが詰まったところでピタリと止まると、体をひねって力強く蹴りを出した。


 あと少しで青龍寺に蹴りが届くというところで、足が止まって、なにかやわらかい物に邪魔をされる。


 蹴りが青龍寺に当たらなかった小柄な人物は、驚いた表情を見せたが、すぐに次の一手に出て、腹をめがけてこぶしを出した。


 だが、そこでも青龍寺へは届かず、間になにかやわらかい物があって邪魔をする。


 偶然じゃないと気づいた小柄な人物は、怒りの表情を見せて、「こっっの!!」と声を上げて、止まっていたこぶしにそのまま力をこめた。


 すると、やわらかい物をはさんだまま衝撃が青龍寺に届いて体がずれた。


 青龍寺は完全に油断していた――


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