第6話 スリル「初めての経験」

スリル(1)

 普段は物事にあまり関心を示さず、はすに構えている青龍寺しょうりゅうじがなぜかご機嫌だ。それもそのはずで、新しく見つけた獲物に特殊な事情がありそうなので期待している。


 青龍寺が狙いをつけて興奮しているのは、先日、夜の繁華街でかなりの霊力チカラを放っていた小柄な人物が持つ「猫又」。


 ネコは年を経るごとに不思議なチカラをつけていくという伝承は、いろんな地域に残っている。たいていの伝承では、長生きしてチカラをつけた老ネコは、尾が二つに分かれて妖力を持ち、人に害を与えたりする化け猫や妖怪と化す――と伝わることが多い。


 だが伝承とは違っていて大方の猫又は、危害を加えなければ通常はなにもしてこない。人に害をなす場合は、恨みをはらすためにかたきのもとへ化けて、復讐に出ることがほとんどで、目的を果たすと姿を消すはずだ。


 それなのに青龍寺が新たに獲物と定めた猫又は異なる。まるで小柄な人物を守るような動きをしていた。基本、アヤカシなどは人の言うことには従わず、復讐などおのれの目的のためにとりくから妙な光景だ。


 そこで青龍寺は、小柄な人物が猫又を『式』として飼いならして操っている『式使い』と判断したのだ。


(あの猫又、尾が分かれていたから10年以上のやつか?

 なら、目立つはずだ。

 一応調べてみたが、あの『式』を持つ『式使い』の話はなかった。

 最近の寺関係の集まりでも話は出てねーようだし……

 知られていないってことは勝手に『式』をつくったか。

 『式』とオレが狩っても文句言えねえよなあ。

 クックックッ。ああ、楽しみだ。『式』を狩るのは初めてだ)


 青龍寺は平日の朝早くから、小柄な人物が住んでいるマンションの最寄り駅前にいる。待ち合わせをしているように見せかけて、駅の利用者をずっとチェックしている。


 辛抱強く待っていると、例の小柄な人物がやって来て、改札を通っていったので、見失わないよう青龍寺はあとをつけ始めた。


 車両内では適度な距離をとって小柄な人物を観察し、電車を降りると少しタイミングをずらして降りる。怪しまれないよう距離をおいて追いかけると、大学構内へと入っていった。青龍寺は自分も学生なので、これ幸いと堂々と大学へ入っていき、そのまま観察を続けた。


(大学生か。

 大学構内だと人目ひとめがあるからまずいな。やっぱり帰りぎわか。

 あ? 男子トイレだと? あいつ、男かよ!)


 大学構内は青龍寺と同じ年齢層の若者ばかりなので、彼は違和感なく風景に溶けこんでいる。大学は夏季休業中のはずだが、集中講義や特別講義、部活やサークルなどで学生がわりといて、思いのほかにぎやかだ。青龍寺はそんな大学生たちにまぎれて、小柄な人物の観察を続ける。


 小柄な人物は、朝から夕方まで講義を受けていた。講義が終わったあとは、バイトもしくは帰宅するのかと思いきや、大学構内にある図書館へこもり、館内のあちこちから資料を引っ張り出してきて勉強を始めた。


 熱心になにかを学んでいて、図書館の閉館時間となる夜9時に、閉館の音楽が聞こえてきてあわてて帰り支度を始めた。


(やれやれ、やっとで帰る準備かよ。待ちくたびれたぜ。

 こんな時間じゃ、大学内も薄暗い。ここでやるか……)


 ひたすら勉強しかしない小柄な人物の監視は楽だったが、かなり退屈していた青龍寺は、降ってわいたチャンスに目が輝きだして気持ちが高ぶる。


 青龍寺は先に図書館を出たあと、周囲を見回して人がいないことを確認した。万が一、人に見られても正体がばれないよう狐面を出して顔を隠す。それからパーカーを深くかぶり、最後に手袋をして準備を整えたら行動を開始した。


 昼のうちに大学内の下見はすませている。この大学は学部が多いため敷地が広く、自然が豊かなキャンパスだ。背の高い木々や茂みなど緑が多くある。身を隠すのに都合がよく、狩りに使えそうな場所も把握している。


 暗くなった大学構内にはところどころに明かりはついているが、光が届かない暗がりのほうが多い。おまけに遅い時間なので人通りもない絶好の状況だ。


 青龍寺は図書館から校門までの間にある通路のなかでも、人目ひとめにつきにくい絶好のポジションとなる暗がりで、小柄な人物を待ち受けていた。


 ひそんで待っていると、タッタッタッと急ぐ足音が聞こえてきた。暗がりからのぞき見れば小柄な人物が走ってくる。近くまできたところで、青龍寺は暗がりから立ち上がって呼びかける。


「おい、そこの人」


 暗がりからガサリと音がしたあと、いきなり声をかけられたので、小柄な人物は驚いて足を止めて声のしたほうを向く。そこにはパーカーを深くかぶった人が立っていた。


 驚いたようすでうかがっている小柄な人物をよそに、青龍寺はいつものように右腕を突き出し、右手のひらを小柄な人物に向けて、「あいつの猫又が欲しい」と言う。


 言い終わると青龍寺の肩に前足がかけられた。それから身を乗り出すように徐々に姿が見えだす。背後から現れたのは白銀の美しいキツネで、全身が出るとフワリと飛んで、青龍寺と小柄な人物の間に降り立った。


 白銀のキツネはフサフサとした見事な尾をゆっくり振りながら、悠々とした足取りで小柄な人物へ向かっていく。どんどん近づいていくが、彼はキョトンとしたまま青龍寺を見ている。キツネがいることを気にするようすもなく口を開いた。


「あの、なにか用ですか?」


「あ?」


「えっと、呼び止めましたよね? なにか用ですか?」


 緊迫した状況にあるというのに、小柄な人物から意外な言葉が出てきたので青龍寺は拍子ひょうし抜けした。


(なんだ、こいつ。

 オレのキツネが視えていねーのか?)


 青龍寺は初めてこの小柄な人物を見つけたとき、大きな光を発していたのを知っていたので、かなりの霊力チカラがあると確信していた。


 ところが反応がおかしい。白銀のキツネが小柄な人物まで1メートルのところまで近づいても、キツネに関心を示さず、青龍寺を見て不審な顔をしている。


 白銀のキツネはさらに近づいていき、鼻の先が小柄な人物にもうすぐ届く距離になったところで、「ンォオオォオ~」という低いうなり声が聞こえてきた。キツネは足を止めて身をかがめ、警戒体勢に入る。


 すると小柄な人物の頭上に大きなネコが現れた。大型犬ほどもあるネコは、二つに分かれた尾を激しくゆらしながら浮かんでいる。下にいる白銀のキツネをにらみつけて、「シャー!!」と大きな威嚇の声を上げた。


 あたりが殺気だつ状況になっても小柄な人物は、相変わらず不審そうな顔で青龍寺を見たままだ。


(猫又にも気づいていねえのか?

 こいつ、『式使い』じゃねーのかよ。

 視えてねーようだし、聴こえてもいない? 一体何者なんだ?)


 青龍寺は彼の正体がつかめず、同じように不審な顔をして見つめ返していたが、猫又を狩ることは変わらないので、どうでもいいかとなる。


「おまえが持ってる『式』もらうぜ」


「シキ?」


 小柄な人物は、いきなり現れたパーカー姿の男の意図がわからず困惑している。ただ態度から自分に対して好意的ではないことは読みとれて、目に警戒を浮かべて距離をとってようすを見る。


 パーカーの男は立っているだけで、なにかするようすはない。だが怪しげな風貌なので油断はできない。警戒していると近くで空気が動いたのを感じた。直後から小さな突風が次々と起こり始めた。不自然な風に驚いてキョロキョロとあたりを見回す。


 小柄な人物の目にはなにも映っていないが、青龍寺の目には白銀のキツネが牙をむき出して飛びかかり、猫又が鋭い爪を持った前足を繰り出して、応戦している姿が映っている。二匹は大きなうなり声を発して、あちらこちらと、すばやく動き回って激しく争う。


 小柄な人物は争う際に起こる風圧は感じているようだが、状況は見えていなくて、奇妙に発生する風に対して、不思議そうにあたりをようす見る。


(こいつ、本当に霊感がないみたいだな。

 それなのに、なぜ猫又という『式』を持っているんだ?

 ……いや、この猫又は『式』ではなく、こいつに憑いて守っているのか?)


 小柄な人物は『式使い』と思っていたが、そうではない可能性も出てきたことに青龍寺は興味がわく。


(面白い。

 絶対、猫又を捕まえて聞き出してやる)


 暗がりで白銀のキツネと猫又が激しく争っているなか、遠くから近づいてくる足音と人影が見えた。気づいた青龍寺はチッと舌打ちすると、すばやく身を引いて暗がりに姿を消した。


 小柄な人物は、なにが起こっていたのかわからないまま、その場に取り残されていた。しばらくパーカーの男が去っていった方向を、首をかしげて見ていたが、ふと思い出してあわてて走り出す。そしてそのまま大学構内から出ていった。


 一方、青龍寺は暗がりをぬって歩きながら、狐面と手袋を外した。明かりのあるところへ出ると、怪しまれないように下校する大学生を装う。その顔にはうれしそうな笑みが浮かんでいる。


(久々に毛色の違ったやつに出会った。

 早く猫又を捕まえて、あいつに憑いた理由を聞きてえなあ)


 楽しそうな顔をしている青龍寺の背後から、「すまぬ…… がした」と白銀のキツネが声をかけた。彼は振り向きもせずに、ご機嫌な声で「いいさ、居場所はわかってるから」と答え、軽い足取りで大学を去っていった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る