弱肉強食(5)

 夜の河川敷へ現れた男は、青龍寺しょうりゅうじ。またアヤカシ蒐集しゅうしゅうするために「狩り」に来たのだ。


 化け猫は現れた男が、息も絶え絶えになっている人間を無視して、語りかけてくることに不思議に思う。


「おまえは下にいる死にかけている人間が気にならんのか?」


「あ? ああ、こいつ?

 こいつはおまえをコレクションにするためのえさにすぎない。こいつがいねーとおまえは現れないし、おまえがこいつを殺せば成仏して消えちまうだろ?

 いや~、おまえが消える前に見つけられてよかったわ~」


 サトウは愕然がくぜんとする。現れた男は自分を救うのではなく、化け猫のための餌と言い放ち、自分のことは一切気にとめていない。サトウはショックを受けて言葉を失っている。


 青龍寺はスッと立ち上がって、化け猫に右腕を伸ばした状態で手のひらを向けて、「化け猫が欲しい」とつぶやいた。


 すると青龍寺の背後から、美しい白銀の毛皮を持つ大きなキツネの姿が現れる。キツネはフワリと華麗に飛んで、河川敷へと降り立ったのがサトウにも見えた。


 化け猫は白銀のキツネの姿を見ると、三匹同時に「シャー!」と威嚇の声を発した。それから背の毛を逆立さかだて、尾も大きく膨らませて戦闘態勢に入る。


 白銀のキツネと化け猫は、間合いを計ってにらみ合っていたが、殺気を飛ばすと牙と爪を繰り出して戦い始めた。


 二匹が争うなか、青龍寺はゆっくりと河川敷へ降りていく。サトウはすがるような目で青龍寺を見ているが、彼は見向きもしない。たまりかねてサトウは助けを求める。


「お願いです、助けてください! きゅ、救急車を呼んでくださいっ」


 青龍寺はサトウを無視して二匹の戦闘を見ている。サトウは傷だらけになった体でいずっていき、青龍寺の足をつかんで頼みこむ。


「お願いです、助けを呼んでくださいっ」


「あ? 自分で呼べよ」


「スマホは家へ置いてきてるんです。

 どうか、どうか…… 助けを呼んでください、お願いします」


 血だらけのサトウは大粒の涙をこぼして懇願こんがんする。青龍寺はつかんだ手を足で払って歩き出した。「あっ、あっ」と絶望の声をもらし、こうべをたれてサトウが泣いていると、「終わった」と声がした。


 サトウが顔を上げると、白銀のキツネがぐったりとなった化け猫をくわえて、青龍寺のほうへと引きずってきて離した。化け猫は彼の足元で力なく横たわり動かない。


 青龍寺はポケットから厚めの和紙を取り出して、倒れている化け猫に当てる。すると化け猫の姿は薄くなっていき、大きかった体もだんだんと縮み始める。最終的に三体のネコの姿に戻ると、和紙に吸いこまれていくようにして消えた。


 和紙を見てみると、三匹のネコが眠っている水墨画が描かれていて、その顔はとても安らかなものになっていた。


 青龍寺は浮かび上がった絵を見て、いつもとは違う笑みで見入っていた。



 静かになった河川敷に熱帯夜の風が吹く。風を頬に感じてわれに返ったサトウは、化け猫の姿が消えたことに安心して、心の底から助かったと喜んだ。


(よ、よかった。

 あの男は僕を助けるつもりはなかったみたいだけど、結果的には助かった。

 化け猫さえいなければ、怪我けがをしていても自分で助けを呼びに行ける)


 サトウは、ボロボロになった体にむちを打って立ち上がる。ぜえぜえと苦しそうに息を吐きながら、ズルリズルリと足を引きずって歩く。河川敷から脱出を図ろうとするが、ビクリとなって動きが止まった。


 河川敷にはいつの間にか無数のネコが集まってきていて、すべてのネコがサトウをにらんでいる。気のせいかもしれないが、サトウにはネコの声が聞こえている。


「コノオトコハ ココデ コロサナイト ワレワレガ コロサレル」


 異様な光景にサトウはガタガタと震えながら、届いた言葉を声に出して復唱する。


「この男は ここで 殺さないと 我々が 殺される……?」


 復唱してみて意味がわかったサトウは、恐怖で青ざめて絶叫する。


「ウワワワワァァワワ!!」


 悲鳴が合図となり、無数のネコたちがいっせいにサトウに飛びかかった。倒れたサトウに次々とネコが襲いかかり、鋭い爪で引きいていく。


「ウギャアァ――! 助けてええぇ!!」


 青龍寺は、地面を転げ回るサトウを冷たい目で見ながら、通り過ぎる際に言葉を放つ。


「いるんだよな。おまえみたいに勘違いしているやつ。

 武器持ったから最強とか。ンなわけねーだろ。

 動物のほうが譲歩して情けをかけてんだよ。本当ならすぐにでも殺せてるっての」


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