弱肉強食(4)

 また―― サトウはジャージ姿で出かけていった。今夜は河川敷でネコを探している。


(ネコ、ネコ、ネコ、どこかにいないかな。

 僕のために出てきておくれ)


 サトウはやや興奮しながら河川敷を歩き、ネコはいないかと探し回る。人の姿のない河川敷には、背の高い雑草が伸びていて、そこからガサリと音がした。ネコがいたとサトウはうれしそうな顔をして音がしたほうへと向かう。


 近づいていって、いつものようにやさしい声で「ネコちゃん、おいで~」と呼んでみる。すると「ナ~」と、かわいい返事がした。


 サトウはすぐにえさを取り出して、手の届く場所へと置き、ネコが出てくるのを待つ。


 「ニャー」と鳴いて現れたのは黒ネコだった。体がずいぶんと大きかったので、サトウは興奮して気持ちがせくのを抑えてネコの隙をうかがう。


 なにも知らない黒ネコは「ニャーン、ニャーン」と愛らしく鳴き、首をかしげたり、甘えるようなしぐさをしながら、サトウへ近づいていった。


 黒ネコはサトウの足にスリッと体を寄せたあと、置かれた餌のほうへ行き、背中を丸めて食べ始めた。その姿を見たサトウはニヤリと笑い、リュックに忍ばせているバスタオルをそっと取り出す。


 バスタオルの準備ができたので、サトウは再び黒ネコのほうを向く。そこでドキリとして手が止まった。黒ネコは座ったままの姿勢で、首だけを向けてサトウを見つめている。


 サトウは動きを止めたまま黒ネコのようすをうかがっていると、黒ネコは目を細め、笑っているような目をすると、口を開けた。


「おまえだな。われを殺したのは」


 人語を発したネコに驚き、サトウは「ヒッ」と短い悲鳴を上げて、尻もちをついて倒れた。やおら黒ネコは立ち上がると、徐々に体が大きくなり始める。


 黒ネコの体は、サイズが大きくなるにしたがって、首元から頭が一つ、二つと増えて、最終的には三つの頭になった。そして尾も一つ、二つと増えていき、最後には三本のしっぽを持つ姿をした化け猫となっていた。


 腰が抜けたサトウは、歯をカチカチと鳴らして化け猫を見ている。この三つの頭にサトウは見覚えがあった。


(黒ネコ、トラネコ、白ネコ…… 僕が殺したネコだ)


 恐ろしい姿をした化け猫を見て、サトウは逃げようとするが、腰が抜けて立ち上がれない。「ヒッ、ヒイイィ」と情けない声を出し、つんいで化け猫から離れていく。化け猫は尾の先を動かしながら、体を小さくゆすってサトウを追う。


「ウワワヮヮ! 誰か、助けてぇ!!」


 大声で助けを求めるが、この場所はサトウが人目ひとめにつかないからと、ネコを殺害するところに選んだ河川敷。当然人の姿はなく、サトウの虚しい叫びが響くだけだ。


 化け猫は軽いステップでサトウのところへ行き、前足でサトウの足を引っかく。すると、足首がスパッと切れてサトウが大声を上げた。


「ウワー! ウワー! 痛いよお! 誰かぁ! 助けてえ!!」


 サトウは大声で叫び、血が出る足首を押さえながら必死で化け猫から離れようとする。化け猫はサトウの周りを飛び跳ね、ネズミをもて遊ぶときのように、前足でサトウを小突こづいていく。


 化け猫の前足がサトウにふれるたびに、服がけて爪が肉に届いて血がふき出る。爪が当たるたびに、サトウは「ギャー!」「痛いっ」「ウワー」と声を上げるが、化け猫はもだえるサトウを楽しそうにさらに小突く。


 体のあちこちが裂け、全身が真っ赤になるころには、サトウの声は枯れていて、大声も出なくなっていた。


「だ……だれ……か…… た、助け……て」


 傷だらけになりながらも、サトウは地面を這いずり、化け猫からのがれようとする。化け猫はペロリと舌を見せて口の回りをなめながら、サトウを見ている。



「おお~、間に合った」



 土手の上から男の声が聞こえてきたので、力をふり絞ってサトウは見上げる。土手の上にはしゃがんで座る男の姿があり、立てたひざに腕を乗せて、河川敷を眺めている。


「た、助かった…… どうか、助けてくださいっ!」


 もうダメだと諦めかけていたサトウは、希望の光が見えたので、声を張り上げて助けを求めた。だが男はサトウには見向きもせず、そのままの姿勢で化け猫に話しかけた。


「なあ、ネコ、オレのコレクションになってよ」


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