弱肉強食(2)
サトウの会社では新人研修が終わり、いよいよ実践が始まった。
電話が鳴ったら即対応する。お客様が来店したら接客する。書類のコピーとFAX送信。頼まれた資料を探してファイリングして提出。営業へ出たら先方に失礼がないよう敬語を使って話をする。営業が終わるたびに報告書を作成する、などなど。
一日にしなければならない業務は多く、サトウはどれもモタモタしてしまい、同期の倍の時間がかかってしまう。
(大丈夫、慣れれば僕だってできるようになる。
すぐにみんなに追いつく)
サトウは自分にそう言い聞かせる。毎朝、早めに出社して手順をチェックしてから業務に取りかかる。仕事が終われば、電車の中で一日を振り返って復習し、反省点を洗い出す。彼なりに努力していて、いつかは同期と同じ位置に立てると思っていた。
ところが現実はやさしくない。時間が経つと同期はさらに成長していて、次のステージへと進んでいた。
取り残されていく僕は自分が落ちこぼれだと自覚した――
(僕はいつまで経ってもみんなには追いつけない……)
現実が見えてきたら、サトウは自分のいる位置がわかった。そこは会社のピラミッドの最下位。
(最下位の仕事は『上司から怒られること』。
僕がいるからほかの人は怒られない。
僕がいるから最後にならなくて安心する。
そう…… 僕がいるからほかのみんなは助かっている。
でも、僕はどうなる?
どこに救いを求めればいい?
逃げ場所がない、非常口も用意されていない。どうすればいい?)
サトウは今日も仕事でミスをし、大勢の前で上司から人格を踏みにじられるような言葉で罵倒される。聞いているほうも気が滅入る暴力的な言葉。ずっとそんな言葉を聞き続ける日ばかりで、サトウの心は壊れ始める。
(今日モ、怒ラレタ)
――自分が悪い。
(ナニモ、デキナイ)
――自分の能力がないせい。
いつしかサトウの中では、会社は怒られるために行く場所と認識され、怒られることを前提に何事にも取り組む。
上司から「サトウ!」と呼ばれたら反射的に「すみませんでした」という言葉が出るようになり、説教が始まるとタイミングをみて「すみませんでした、すみませんでした」と機械のように同じ言葉をリピートすることが染みついた。
会社は、ただただ苦痛でしかない。
「今日も切り抜けられた……」とつぶやいて玄関の戸を閉める。帰宅したサトウは重い足取りで廊下を歩き自室に入る。部屋の窓から、うつろな目でぼんやりと外を見ていると、一匹のノラネコが塀の上を歩いていて、サトウに気づいて足を止める。
サトウと目が合ったネコは、この人間が
(ネコのくせに、僕をバカにしやがって!)
イラッとしたサトウは、引き出しにあったエアソフトガンを取り出して、ネコに向けて撃った。突然のことにネコは驚き、「シャー!」と威嚇して、あわてて逃げていった。
(あのネコ、僕にビビっていた。
フフッ、ネコよりも僕が上なんだ。フフフ……)
ネコが去っていく後ろ姿を見て、壊れ始めているサトウに、ゆがんだ優越感が芽生える。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます