呪具(4)

「お願いです。娘を、娘を助けてください」


 泣きそうな顔をした中年女性に腕をつかまれて懇願こんがんされる。玄関先では「アイ、おとなしくしなさい!」と動揺している男性の声とともに、「ウオー! ウオー!」と叫ぶ少女の声が聞こえている。


(これは…… オレの手には負えない――)


 数十分前、けいは鳴った電話に出ると、「弥勒院みろくいんさんですよね!? 今から伺いますのでお祓いをお願いします!」と電話口で言われて一方的に切られた。


 寺の駐車場に車が止まった音が聞こえたら、バタバタと走ってくる足音がして、呼び鈴がけたたましく鳴った。「はい」と玄関の扉を開けたらこの状況だ。ただならぬようすからは、嫌な予感しかしない。


「弥勒院さん、お願いです、娘を助けてください……」


 腕にしがみついていた女性はついに泣き出して玄関に崩れてしまった。


 「玄関ではなんですから、どうぞ」と桂は三人を居間へと案内する。両親は暴れる娘を押さえながら、あたりを見回して人を探しているようだ。察した桂が話す。


「すみません、父……住職は用があって出かけています。数日、戻りません」


「そんな!」


 両親は驚きの表情のあと、落胆したようすになった。居間に通された母親は、暗い顔をして事の経緯を説明し始めた。


「娘が石を拾ったんです。それからようすがおかしくなってしまって」


 父親が取り押さえている娘のほうを見ると、桂に向かって歯をむき出し、うなり声を上げながら威嚇の表情を見せている。


「最初は体調が悪いと言って部屋にこもっていました。

 それが夜になって夫が帰ってくるとようすが変わりまして……

 わたしに飛びかかってきて腕に噛みつき、気絶してしまったんです」


 母親は小刻こきざみに震えながらそでをめくって傷を見せた。そこにはくっきりと歯形が残っていて痛々しかった。


「娘は悩みがあって錯乱したのかと思い、ようすを見ることにしました……

 今朝になって、けものみたいつんいになって飛びかかってきて……手に……負えなくなったので――」


 ここまで話すと母親は泣きだしてしまった。そこで父親が続きを話してくれた。


「暴れる娘を捕まえて、部屋に閉じこめていたのですが、夜になっても元に戻るようすがなくて……。

 それで義母に電話したんです。妻の母親は少し不思議な方でして……その……いわゆる霊感がある……人でして、妻が連絡したんです。

 説明を始めると、義母は『家になにか持ちこんだ? アイはなにか拾ったでしょ。嫌な感じがするから早くお祓いをしなさい』と言ってきて、弥勒院さんを紹介したんです。

 いきなりで失礼かとは思いましたが、在宅を確認してすぐに車に乗って向かった次第なんです」


 説明を終えた両親はすがるような目で桂を見ている。いたたまれなくなって、方法を考えるためにいったん席を外すことにした。


 居間のふすまを閉めて廊下に出てはみたが、桂にはお祓いをする霊力チカラがないため、両親の期待には応えられない。


(どうしよう……。今日は親父も含めて寺関係者は会合で電話には出れない。

 でもアレはすぐに祓わないとひどくなる。

 ご両親だけでなく、娘自身が自分を傷つけるだろう。

 ……オレに祓える霊力チカラがあればいいのに)


 桂はギリッと歯ぎしりし、悔しそうな顔をして廊下に立つ。なにか方法はないかと考えていたところで悲鳴が上がる。


「みっ、弥勒院さん! 早く来てください!」


 襖の向こうから切羽詰まった声が聞こえたので、桂があわてて襖を開けると、娘が母親に馬乗りになり、歯をむいて噛みつこうとしていた。母親は必死で抵抗し、父親は二人を引き離そうと娘の体を引っ張っていた。


 桂は急いで娘の肩をつかんで父親と一緒になって母親から引き離した。そして飛ばされるようにして倒れた娘が起き上がる前に、すかさず腕にはめていた数珠を一つ外して娘の額に当てた。娘は「ギャッ」と短く悲鳴を上げると、気を失ってしまった。


 変わってしまった娘を見てガタガタと震える母親と、青ざめている父親に、桂はこれからのことを説明する。


「お気づきかもしれませんが、娘さんにはなにかいているようです。

 今は数珠を当てたので気を失っていますが、目が覚めるとまた暴れ出すでしょう。

 このままだとお二人も娘さんも危険なので、少々手荒ですが、拘束してもよろしいでしょうか」


 両親の了承を得られたので娘の腕を拘束し、父親に暴れて逃げ出したりしないように押さえておくことをお願いして居間を出た。


 桂はあることを決断して玄関から外へ出る。それからスマホを取り出して電話をした。


たまき、頼みがあるんだ」


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