降霊(5)

 早朝のとある寺の境内で、掃除をしている若い男がいる。そこへ一人の男が走ってきて声をかけてきた。


清正せいしょうさん、たまきが来ているはずですが、いますか!」


「おはよう、けいくん。環なら、裏のほうを掃除して――」


「ありがとうございますっ」


 居場所がわかると最後まで聞かずに、走り出していった。



 ダッダッダッとあわただしい足音が聞こえてきたので、ふぅとため息をついて掃除をする手を止める。


「環! てめー!」


 現れたのはさっき寺へ訪れてきた男、弥勒院みろくいん 桂だ。ここまで全力疾走してきたので息が乱れている。


「なに? 朝っぱらから」


「『なに?』じゃねーだろ! おまえ、にいただろ!」


「なんのことだよ?」


「とぼけんなよ! 降霊術やって『障り』にあった高校生だよ」


「…………」


 弥勒院がにらみつけている男は、青龍寺しょうりゅうじ 環。この寺の住職の子で、掃除中にやって来た弥勒院とは家が寺同士という顔なじみだ。


「最近学校で幽霊が出るとか、変な怪我けがをする報告が増えていて、生徒が怖がっているからと、あの学校から弥勒院 ウ チ に『はらえ』の依頼があったんだよ。

 近々『祓』をするつもりだったから周辺の下見をしてたら、学校であの事件だろ? それで気になって高校生が倒れていたという現場を見に行ったら、キツネの痕跡があったんだよ!」


 弥勒院は怒りの目で無言のまま青龍寺をにらみつけ、こぶしを握りしめてボソリと言う。


「簡単に祓える霊力チカラがあるくせに、なんで助けてあげないんだよ」


 弥勒院は羨望が混じった嫌悪の言葉をもらし、悔しそうな目で青龍寺をにらみつけていたが、肩を落として去っていった。彼の後ろ姿を見送りながら青龍寺は頭をかく。


(あの高校生、桂のトコの客だったのか。まずったな。

 まあでも、桂の親父さんが戻してくれるだろ。

 ……体に戻れたら、あのコトなんて覚えてねーだろうし)


 青龍寺は通路でのことを思い返してみて、とくに支障がないことを確認したら、手に入れた黒ギツネの水墨画のことも思い出してニヤニヤとし始める。


(あの黒ギツネ、キレイだったなぁ。

 最近、アヤカシの動きが活発になってきていて、イイのが現れる。

 そろそろ羽化しそうなヤツもいそうだから、近々ようすを見に行くか)


 青龍寺はうれしそうな笑みを浮かべて、鼻歌を歌いながら掃除の続きに取りかかった。


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