降霊(3)
「ハアッ、ハアッ、ハアッ!」
アサミは猛ダッシュで学校を飛び出したが行く当てはない。ただ教室で見た黒いキツネに捕まってはいけないことだけはわかっていて、振り返ることもせず、ひたすら走って距離をとることだけに集中する。
(いる! ついてきている!! コワイ!)
アサミは振り向いてはいないが、恐ろしいモノが自分にめがけて向かってきているのがわかる。
見通しのいい道を走っていたのでは、すぐ見つかってしまうと、とっさに思い、建物と建物の間にある狭い通路を見つけて曲がった。
(急がないと追いつかれるっ。
人の多いところへ行って、大勢の中にまぎれこもう!)
アサミは人がすれ違えるだけの狭い道を走り、まぶしい日の光が見えている大通りを目指す。
そこへ頭上を通過する風を感じたので警戒し、少し走る速度を落として前を凝視する。するとあの黒いキツネが口をゆがませて立ちはだかっており、嬉々としたようすでアサミを待ちかまえている姿が映った。
キツネに道をふさがれたアサミは、青ざめた顔で急ブレーキをかけて足を止めた。この狭い通路で追い詰められてしまった。
「ハアッ、ハアッ、ハアッ!」
全力疾走してきたアサミは息が上がっている。アサミの前に立つキツネは、目に怒りと憎しみをたたえていて恐ろしい。キツネからはアサミに牙をかけられることを楽しみにしていることが伝わってくる。
(いやだ! 怖いよ!
なんでわたしが怖い思いをしないといけないのっ!!)
アサミは大きな
「なによっ。なんで追いかけてくるのよ! あなたになにをしたっていうのよ!
ただ、呼び出しただけじゃないっ! ほかの人たちもやっていることじゃない!
なんで、わたしだけがこんな怖い思いをしないといけないの!」
怒りに任せて続けざまに言葉をぶつけ、言い切ったアサミは恐怖と怒りで感情が高ぶり涙を流している。キツネは軽蔑した目でアサミを見て、牙をむき出しにして、尾をゆらしながら近づいてくる。
「『わたしだけ』? おまえだけではない。
ほかの三人も、それ以外の大勢も相応の代償を受けている。
本当に人間は自己中心的で自分だけしか見えておらぬ。
なぜ『自分だけ』と特別に思うのだ? おまえも大勢と変わらぬ」
キツネからは敵意がむき出しの言葉しかなく、アサミに対する同情はみじんも感じとれない。
アサミは逃げきれないと悟り、悔しくて目から大粒の涙がこぼれ落ちる。やはり理不尽だと納得できず、怒りの目でキツネをにらみつけて観念する。
「くそギツネ!」
キツネに恐怖を感じながらも、精いっぱいの抵抗として捨て
アサミは
(体がフワッとしている……。わたし、空中へ投げられたの?)
放り出されたアサミの前には、スローモーションのように流れる景色が映っている。空中から見ていると、狭い通路に立っている自分が
(あれって、わたしじゃないの?
でも、わたし、ここにいる……)
フワフワと流れていた体の動きが止まり、アサミは手をついたような姿勢で空中に座りこんでいる。
(空中に…… 座っている?
なんで? わたし、どうなったの……)
意味がわからないまま通路で倒れている自分の姿を見ていると、浮かんでいる自分の腕が
「まさか、まさか!」
アサミはついていた手を上げて、手のひらを見た。すると向こう側の景色が透けて見える。
「いやああぁ!」
アサミは自分の体から意識だけが抜け出ていることに気づく。あわてて自分の体へ行き、抱き起こそうとするが、すり抜けてしまって体にふれることができない。
「なによ、これ! どうなっているのよ!
わたしになにしたの! 元に戻してよ!!」
離れた場所からアサミを見下ろしているキツネに向かって、半狂乱にも近いかたちでアサミは叫び、キツネをにらみつけて怒鳴り散らす。
「ワシと同じようにしてやったのだ。
霊体となって過ごしてみれば、察しの悪いおまえでもわかるだろう。
勝手に呼び出されて、答えたくもない質問に付き合わされて……
元の場所に帰ることもできない身になってみるがいい」
キツネは冷ややかな目でアサミを見る。アサミはしばらくポカンとして黙っていたが、だんだんと自分のおかれた状況がわかってきて青ざめる。
(わたし…… 幽霊になっちゃったんだ……
体に戻れず…… ずっとさまようことになるの?)
半透明のアサミは絶望して体の力が抜けてヘナヘナと崩れ落ちる。キツネはそんなアサミを見て満足できたようで、うれしそうに尾を振りながらアサミから離れていった。
「いーもん、見ぃつけた」
キツネが狭い通路から出ようとした
(なんだ、こいつ。まるでワシのことが視えているようだ)
キツネは偶然なのかそれとも本当に姿が視えているのかがわからず、じっと狐面を見てようすをうかがう。
すると狐面はキツネを見たまま立ち上がり、かぶっていたパーカーを頭から下ろして狐の面を外した。現れた男の顔には、不敵な笑みが浮かんでいてキツネに話しかけてきた。
「なあ、黒ギツネ、オレのコレクションになってよ」
「……おまえ、ワシの姿が視えているのか」
「まあね」
「視る力がある人間か……。おまえに用はない。去れ。
ワシは今、機嫌がいい。今なら
「いや、そうじゃなくてさ。話を聞いてなかったのかよ?
オレのコレクションになれって言ったんだよ」
「言っている意味がわからぬ」
キツネは自分の姿を視ても臆するようすもなく、見慣れたもののように話す男が不思議でならない。そして急にコレクションになれだの、言っていること意図が読めずにいて、黙ってようすを見る。
男はキツネが関心を持ったことを確認すると、ニヤリと笑ってポケットから御朱印帳を取り出した。それから表紙をめくってキツネのほうへ向け、ページを一枚一枚ゆっくりとめくり始めた。
めくられていく御朱印帳のページには、寺社の朱印ではなく、
「おまえ!
キツネが全身の毛を
「あ~あ……。やっぱ簡単にコレクションになってくれねえか」
男は残念そうに言葉をこぼしてからキツネがいる方角を向いた。
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