降霊(2)

 翌日。

 アサミがいつもの時間に学校へ登校し教室へ入ると、キョーコとトーコの席が空いていた。


(あれ? キョーコとトーコがまだ来てないって珍しい。

 いつもわたしより早く来て、二人でおしゃべりしているのに)


 二人がそろって登校していないことが少し気になったが、アサミは自分の席につく。ギリギリの時間に登校するので、すぐにショートホームルームが始まった。よりによってショートホームルームは長引き、間を置かずに1時限の授業へと移っていった。



 1時限の国語の授業。教室は先生の声だけが流れている。声は心地よい子守り歌となって、うつらうつらとしている者がいたり、教科書を見ているフリをして、こっそり別のことをしている者もいたりと、どこの学校も授業風景はあまり変わらない。


 のどかな雰囲気の中、突然「キャー!!」という悲鳴が教室に響いた。


 悲鳴を上げた女子高生は、ガタッガタンと椅子を鳴らして立ち上がり、青ざめた顔をしてある場所を凝視している。みんなが女子高生の見つめる視線の先を追っていくと、そこには窓際席に座る女子高生――よっちゃんがいる。


 みんなはよっちゃんを見て硬直した。彼女はななめ方向に顔を上げ、白目をむいて口を軽く開いた状態でいる。しかも彼女がいるところから、グスッグスッと変な音がずっと聞こえているのだ。


 ようすが見えなかったアサミは、席から立って移動し、よっちゃんの姿が見える位置までくる。それでも顔までは見えなかったので、さらに近づいて前へ回るとサッと顔色を変えて硬直した。


 よっちゃんは右手に持ったシャープペンを自分の左腕に突き刺している。


 みんなは異様な光景にあぜんとして静まり返っていたが、誰かが「キャー!!」と再び悲鳴を上げたことにつられて、「ウワー!」「なんだあ!!」と、あちらこちらで絶叫が響いて、クラスがパニックに陥った。


「よっちゃん!!」


 クラスメイトの悲鳴を聞いてわれに返ったアサミは、すぐによっちゃんに駆け寄り、突き刺す動作を繰り返している右手をつかんで止めようとする。ところが恐ろしい力で腕は振り下ろされていて、アサミの腕を軽々と外した。


 アサミの行動をきっかけに、男子高生の中から数名がアサミに加勢し、さらに先生も加わって彼女を止めようとする。


逢坂おうさか! やめなさい!」


「よっちゃん、やめて!!」


 教室は生徒たちの悲鳴で騒然となり、聞きつけた隣のクラスからも生徒たちが野次馬やじうまに来て、さらに騒ぎは大きくなる。


 数分後、国語の先生が右手のシャープペンを無理やり奪い取ると、よっちゃんは急に力が抜けたようにして椅子から崩れ落ちた。


 取り押さえていた男子高生が彼女を支えたが、彼女は口から泡を吹いていて、白目のまま気絶していた。


 彼女の左腕は真っ赤な鮮血で染まっており、ドクドクと血が流れ出ている。無残にもえぐれた部分は肉が見えていた。


「よっちゃん! よっちゃん!」


 アサミがよっちゃんの体をゆするが反応はない。国語の先生はシャープペンを床へ投げ捨てて、持っていたハンドタオルで傷口を押さえて、応急手当てをする。そしてよっちゃんを抱え上げた。


「おい! すぐに救急車を呼べ! 逢坂は保健室へ運ぶ!!」


 先生は生徒にテキパキと指示を出し、よっちゃんを抱えてバタバタと教室を出ていった。アサミは床にへたりこんでおり、去っていく先生とよっちゃんをぼうぜんと見ていた。そこへ血まみれになったシャープペンが目にとまる。


(あ…… あのピンクのシャープペン……

 コックリさんをしたときに使ったものだ……)


 状況についていけず、放心した状態でアサミが転がっているシャープペンを見ていたら、ペンの上がゆがんだ気がした。


(え…… 今、シャープペンがゆがんだ?)


 アサミはシャープペンを見つめ続ける。よく見るとシャープペンの手前に、とても薄い白色の煙みたいなものがあるようで、それがユラユラと動くことで景色をゆがめている。


(な…に……? 煙??)


 さらに目を凝らして見ていると、だんだんと輪郭が出てきてボンヤリと色もついてくる。徐々にハッキリとしてきて、煙はけものの形をしていることに気がついた。


 黒い毛に、ところどころ白い毛が混じった毛皮。油でもぬったかのようにベタッとしていて、てかっているところもある。


 腹の部分はガリガリにやせて貧弱で、尾を見れば毛が絡まった部分もあり、ボサボサになっている。


 視線を上げて頭を見ると、長い鼻が出ていて、開いた口の中には白くとがった牙と濃いピンクの舌が見えている。


 おぼろげだったものが黒い毛皮のキツネとわかると、アサミはキツネと目が合った。茶色に近い黄色をした切れ長の目は、眼光が鋭く野性味をおびている。全身からは野生動物独特の獣臭けものくさいニオイがしている。


 しばらく目を合わせていたら、キツネは怒りをこめた目でアサミをにらんだ。


「呼び出したあげくに、放り出したままにするとは……

 人間とは本当に勝手なものよ」


「キャー!!」


 アサミはトラほどの大きさのキツネが目の前に現れ、人の言葉を話したことに驚いて悲鳴を上げる。


「な、なに! アサミどうしたの!!」


「き、キツネ、大きなキツネがしゃべった!!」


「え?」


「ほらっ、すぐそこにいるじゃない!」


「なに言っているの、アサミ、なんにもいないわ。

 ……ねえ、冗談だよね? 怖いからやめて……」


 ついさっき、一人の少女が自傷行為をして、血が飛び散っている生々しい現場が教室に残っている。その横で今度は訳のわからないことを言い出し、なにもない空間を指さしているアサミに、クラスメイトは嫌な予感がしてたじろぐ。


(え…… みんなにはキツネが見えていない?)


 クラスメイトがアサミを見る目からは、こいつも変になるんじゃないのかという恐れと怯えが伝わってくる。アサミはゴクリとつばをのんで、もう一度キツネがいる場所を振り返る。確かにキツネは座っていて、こっちを見ている。


 アサミの顔に恐怖の感情が見えると、キツネは口の端を上げてニヤリと笑った。


「次はおまえだ」


 ゾワッと鳥肌が立つと、本能が「逃げろ!」と指令を出す。アサミは立ち上がってすぐに走り出した。


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