第2話 降霊「コックリさん」

降霊(1)

 2年D組の教室には濃いオレンジの夕日が差しこんでいる。開いた窓からは部活動をする生徒たちのかけ声が、ぬるい風に乗って聞こえている。


「コックリさん、コックリさん――」


 教室では四人の女子高生が電気もつけずに一つの机を囲んで座っており、机の上に置いている紙を見て、なにやら話しかけている。


「ウソー! 本当に動いたよ! 誰か動かしていないー?」


「なにもしていない!」


「わたしも!」


「もちろん、わたしだって!」


「コックリさんってウワサどおり動くんだね!」



 『コックリさん』。ここではコックリさんと呼ばれているが、「キューピッドさん」「ニッコリさん」「エンジェルさん」など、呼び名は時代や地域によって異なる。


 コックリさんは一般に降霊術の一種ともいわれている。紙に必要な文字を書いて用意しておき、呼び出しの呪文を唱えて降霊する。呼びかけに応じてなにかが降りてくると、質問をして紙に書いた文字をなぞって答えてもらう。呼び出した者と降りてきたなにかは、鉛筆や硬貨などを媒体にして、交信を行うというのが基本パターンだ。


 小中高校と子どもたちに人気だが不穏な話題もあり、過去に集団パニックまたは集団ヒステリー事件が発生している。新聞記事にもなったようだが、真相はあやふやらしい。



 さて話を戻そう。 生ぬるい風しか入ってこない放課後の教室で、流行はやりだした降霊術を楽しむ女子高生四人。夢中になってコックリさんに質問していて時間を忘れている。


「コックリさん、よっちゃんの好きな人は誰ですか、教えてください」


「ちょっ、ちょっと、アサミ。なんで勝手に質問してるの!」


「だって、教えてくれないんだもん。キョーコもトーコも知りたいよねー?」


「知りたい、知りたいっ!!」


「わたしも知りたーい!」


 女子高生たちのかわいらしい会話は、薄暗くなった廊下まで響いていて、校内の見回りをしていた教師の耳にとまった。


「おまえら! まだ残っていたのか! 早く下校しなさい!」


 開いていたドアからいきなり響いた大声に、四人は「キャー!」と叫び声を上げ、拍子ひょうしにつかんでいたシャープペンを離した。


 怒鳴りつけるような口調で教室のドアから入ってきたのは、髪の毛が薄くなった教頭先生。風紀に厳しく、口うるさいことで有名だ。廊下で声を聞きつけ、すぐに彼女たちを見つけると得意の説教が始まった。


「とっくに授業は終わっているのに、なんでダラダラと学校に残っているんだ!?

 部活もないなら早く帰って勉強でもしなさい!」


 教頭は怒りで赤くなった顔をして四人がいるところへ近づいてくる。アサミは説教なんて聞いていられないと、机の上に広げていたコックリさんの紙を、すばやく四つ折りにたたんでカバンに入れ、あわてて帰り支度をする。


 アサミにつられるように、ほかの三人も机の上に置いてあった私物を各自のカバンにしまう。それから四人は椅子から立ち上がって後ろ側にあるドアから教室を出た。


「教頭先生、さようならっ」


「こら、待ちなさい! 戸締りしていきなさい!!」


 四人は教頭の言葉を無視して逃げるように校舎を飛び出し、振り向かずに下校した。


「も~~、マジでビックリした」


「ほんと、いきなり入ってくるんだもん」


 日が落ちて西の空にうっすらと赤みが残るなか、四人は談笑しながら帰路につく。話題はポンポンと変わっていき、いつしかコックリさんをしていたことも忘れる。十分におしゃべりを楽しむと、各自の家へ帰っていった。



 食事を終えてお風呂にも入り、あとは眠るだけとなったアサミは、明日の準備をしようとカバンを開けると、中から四つ折りの紙が出てきた。紙を見たアサミは四人でコックリさんをしたことを思い出した。


(そういえば、コックリさんしたんだっけ。

 コックリさんはちゃんと終わらせないとたたられるって聞いたけど……

 こんなの遊びだし、どうせ誰かが動かしていたんでしょ)


 紙を手に持ちながらカバンをあさっていると、からになったお菓子の袋や、授業で配られたプリントがクシャクシャになって出てきた。アサミはそれらと一緒に四つ折りにした紙もごみ箱へ捨てた。

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