愛憎(3)
体のいたるところに痛みを感じて男は目を覚ました。
片目で見えた景色は白い天井と、U字形のレールに垂れ下がるベージュのカーテンに囲まれた空間だった。カーテンの向こうからは複数の声が聞こえてくる。
(ど、どこだ、ここは? 俺はなにをしていた?)
見覚えのない景色に動揺して起き上がろうと体を動かした瞬間に、体中に激痛が走って駐車場での出来事を思い出す。
「うわわああああぁぁああ!!」
パニックになった男は大声を上げた。男の悲鳴に談笑していた周囲がざわついて、誰かが「看護師さーん!」と呼ぶ。声のあとに、パタパタパタと急いでやって来る足音が聞こえてきて、シャッとカーテンがめくられた。
上からのぞきこまれるかたちで男の視界に人の顔が入り、「大丈夫ですよ」と落ち着いた声で話しかけてきた。
「落ち着いてください。ここは病院です」
男は看護師の姿が目に入らないようで、襲ってきた女が気になって動転している。あたりを見回してようすをうかがい、ガタガタと震えながら大声で問う。
「あ、ああ、あの女はどうした! あの女はどうなったっ!
俺の近くにはもういないのか!!」
同室の入院患者たちは、ガーゼや包帯で覆われた全身傷だらけの男が取り乱しているようすに怯える。遠巻きに男と看護師のやり取りを見ていて、周りはざわざわしている。
「大丈夫ですよ、ここにいるのはあなただけです。
安全な場所なので安心してください」
「あの女はどうなった! どうしてる!! 警察に捕まったのか!!」
看護師につかみかかるようにして質問する男は、傷口が開いてガーゼから血がにじみ、包帯にもうっすらと血がにじみだしている。騒ぎを聞きつけたほかの看護師たちも加わって、男をなだめながら声を小さくして説明する。
「……女性の方はお亡くなりになりました……」
(死んだ? あの女…… 死んだ……のか。
そうか、死んだ―― 死んだのか! これで安心だ!!)
もう二度とつきまとわれる心配がなくなったとわかった
「大丈夫ですか!!」と何度も問いかける心配そうな顔をした看護師と、あわただしく動き出した看護師の姿が見えたあと、男は再び意識を失った。
*** ***
利用者がまばらにいる駅のホームで、音楽を聞きながらニュースを読む男がいる。スマホの画面をスクロールしてタイトルを読み流していたが、ある記事で指が止まり、ニュースを開いた。
【ニュース】『
〇〇区で全身50カ所以上の傷を負った男性が地下駐車場で発見される。近くに倒れていた女性は出血多量により死亡が確認された。警察は痴情のもつれとみて――
(へぇ、あの男、生き残ったのかよ。
でもあの状態だと後遺症はあるんだろうなぁ。
……ま、自業自得だな。愛憎を甘くみすぎなんだよ)
薄気味悪い笑みを浮かべてニュースを見ているところへ電車が入ってきた。ホームに停車してドアが開くと、男は平然とした顔で電車に乗りこみ姿を消した。
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