第5話 家なき子リアナ

 それからは、思い出すのも身の毛がよだつ日々が続いた。


 人間と比べて、底なしの性欲を持つオークに、朝から深夜まで蹂躙され続ける、終わりの見えない日。死が希望に感じられるほどに、リアナの心は弱り切っていた。


 そして、リアナは次第にやせ細り、病気になって、オーク達にとって欲情の対象でなくなると、村の外れのごみ捨て場に捨てられた。

 リアナを捨てたオークが立ち去っても、もうリアナには、逃げる気力は失われていた。帰る家もないのだ。


 うつろに開いた目には、先輩だろうか、髪の長い女性らしき遺体と目が合う。

 激しい腐敗臭がするが、顔を背ける気力もリアナには既になかった。


 生きることを放棄しようと閉じたけたリアナの瞼に、蔑んだように高笑いするセレナの姿が浮かんでくる。

 そうだ、姉もここからあそこまで上り詰めたんだ。自分へ復讐するために。なら、私だって、きっと。


 リアナは起き上がった。セレナに復讐したい、その一心で。

 ふらつく足つきで立ち上がると、お腹がすいていることに気づく。


 生きなければならない。なんとしても、セレナに復讐するその日まで。


 そう決意したリアナは、となりの死体に手を伸ばしたのだった。




 真夜中に、リアナは監視の目をかいくぐり、決死の覚悟で、バルドレル王国の国境を越えた。

 国境破りは、見つかればその場で殺される。

 素直に殺されるならまだしも、きっと…。


 やっとの思いで、無事に国境を越えたリアナは、命からがら、バルドレル王国の国境から一番近い、スノーフィールドの町までたどりついた。




 しかし、セレナのような天啓の才能である”薬師”のないリアナが成り上がれるはずもなく、いつまでたっても、路上生活者のままだった。

 路上で物乞いをしたり、レストランの残飯を漁ったり、そして、汚くて臭い乞食のリアナでもいいというもの好きものには、捨て値で体を売ったりして、なんとか生き永らえていた。

 

 それでも、自分からすべてを奪ったセレナを許さない、絶対に復讐してやる、その一心で、ずっと、みじめな生活に耐え続けた。


 そんな折、相変わらずゴミをあさっていたリアナは、復讐の絶好のチャンスを耳にした。


 12月25日、創造神の誕生を祝う祭りの日に合わせて、聖女セレナが、この北の最果てのスノーフィールドを巡業するというのだ。

 

 きっと沿道は、町の人々で埋め尽くされるだろう。その中に紛れ込んで、セレナが乗った馬車が通りすぎるその瞬間、これで──。


 リアナは橋の下のあばら家で、ごみ捨て場で拾ったロングソードを取り出した。

 錆がびっしりこびりついていたそれを、リアナがセレナへの恨みを込めて研ぎ直したおかげで、生来の輝きと鋭さを取り戻した。

 

 リアナは、拾ったろうそくが揺らめく薄暗い部屋のなかで、ひときわぎらつく刀身をじっと眺めていた。

 刀身には、リアナの鋭い眼が光っている。


 セレナを殺して、私も死ぬ。その覚悟だった。


 祭りの日まで、何としても生き抜かねばならない。

 咳がとまらないので、手で口をふさぐと、べったりと血がついていた。

 リアナは、自分の命がそう長くないことを悟っていた。

 セレナの作る治療薬さえあれば、こんな病気は一発で治るのだが、ライバルである他社の薬屋がなくなったのを見計らって、セレナは大幅にその値段を吊り上げていた。

 今では、貧しい庶民には、とても手が届かない代物になってしまったのである。

 薬学の勉強を怠っていたリアナには、それなりの治療薬を自作することも、できなかった。


 この辛い現実は、まごうことなき、これまで自分がしてきた行いの結果だった。


 どうしてこんなことになったのか、リアナの心は、思い出したくもない、3年前のあの時に飛んでいた。そう、姉のセレナが追放された、あの日のことを。


(つづく)

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