第6話 冷たい部屋で泣きじゃくるリアナ

 それは、今から3年前のこと──。 


 リアナは、ここからもっと南にある、王都にある薬屋の娘だった。

 

 その名も”リアナ”ファーマシー。リアナの姉、セレナの名前がないのは、両親がリアナを溺愛していて、姉にはあまり関心を持っていなかったからだった。


 リアナファーマシーは、モンスター討伐を依頼や、一攫千金を狙ってダンジョンへ潜る冒険者へ、回復薬や治療薬を販売していた。

 王都に拠点を置く、多くの冒険者ギルドとも、定期納入契約を結んでいて、莫大な利益を上げていた。


 そんなことができたのは、リアナファーマシーの回復薬や治療薬が、他の薬屋とはくらべものにならないほど、効果が高かったからである。

 たとえひん死の状態であっても、回復薬を一口飲めば全快するし、治療薬は、石化も含めたこの世界のありとあらゆる状態異常を直す効果があった。

 そして、値段も少し高い程度であった。


 両親はそれを、リアナが創造神からさずかった才能、いわゆるギフトのおかげだと信じていた。

 実際、リアナが薬の製造にかかわるようになってから、売り上げが急増したのだった。

 でも、それは勘違いだった。たまたま同じ時期に、創造神は、姉セレナに”薬師”の才能を付与したのだった。

 不幸な姉セレナを救うために。


 でも創造神の意志を知る由もない両親は、薬の出来がいいのは妹のリアナのおかげと信じ、店の名前まで、”リアナ”ファーマシーにしてしまった。


 そんな環境で育ったせいか、自然とリアナは姉セレナを見下すような態度を取るようになっていく。


 セレナがお気に入りの熊のぬいぐるみも、両親をけしかけて、自分のものにさせた。

 でも、数日で飽きてしまい、それはリアナによって暖炉にくべられた。

 リアナとっては、姉が持っているから欲しいのであって、自分の物になったその時から、魅力がなくなってしまうのだった。

 セレナが真っ黒こげになった熊ちゃんを抱きしめて泣いていたけれど、リアナはどこふく風だった。


 そんな日々を過ごしながらも、セレナはいつも笑顔を絶やさなかった。

 そして、毎日夜遅くまで、ランプを灯して、勉強をしていた。

 王都の薬師養成学院の入学試験合格を目指して。


 同じ部屋のリアナが、油の無駄遣いはやめてと、ランプの灯を消したあとも、くじけずに薄明の月明りのなか、分厚い本とにらめっこしていた。

 そんな姉の態度に腹を立てたリアナが、姉の本にインクをぶちまけたのは、1度や2度ではない。




 セレナの努力が実り、15才の時に、王都にあるエリート薬師を要請するための学院の受験に合格する。普段はセレナに無関心な両親も、このときばかりは、さすがに喜んでいた。

 姉は、王様の直筆のサイン入りの合格通知を、嬉しそうに胸に抱えていた。


 両親に祝福されているセレナを見て、「姉の持っているものが欲しい」という、リアナの欲望がむくむくと湧き上がってくる。


 この家を支えているのは、創造神から”薬師”のギフトをもらった、自分がつくった回復薬のおかげ。

 だから、両親も、姉も、自分の願いはなんでも聞き届けるべきだと信じて疑わなかった。


 ほどなくして届いた入学許可証には、合格したセレナの名前でなく、リアナの名前が記載されていた。

 でも、リアナの学力では、とてもではないが、入学できるレベルではない。

 両親が、学院に多額の寄付金を送り、結果を強引にねじまげさせたのであった。


 セレナはそれでも、文句ひとつ言わず、両親の言いつけに従って、薬の製造工場で、一般の従業員に交じって、働いた。


 学院に入学したあとも、あたりまえだが、リアナは勉強についていけず、怠けてばかりいた。

 当然、定期考査も落ちてばかり。

 通常は、定期考査で合格点が取れないと、その時点で退学させられるのだが、そのたびに両親が多額の寄付金を学院に贈り、リアナのテストだけ簡単にしてもらうなど便宜を図ってもらって、乗り切っていた。


 リアナのために多額の寄付ばかりしていたので、儲かっているとはいえ、経営が厳しくなってきた。

 そこで、役立たずと思われていたセレナを、バルドレル王国の辺境の町へ売り飛ばした。

 バルドレル王国というのは、オーク達の国であり、人間はほとんど住んでいない。


 そして、オークはなにより性欲が強かった。

 そんなところへ売り飛ばされるのだから、何をされるのかは、15才になったばかりのリアナにも、容易に想像することができた。

 でも、リアナはセレナがいなくなって、せいせいした。

 性格も温厚で、努力家、そして従業員にも優しく接していて人気があるセレナといると、いつも比べられているみたいで、気分がわるかったからだ。


──厳しい現実の一つでも知って、仮面の下にある、汚い本性をあらわにしなさい。聖女みたいで、むかつくのよ。

 

 そして、セレナは文句ひとつ言わず、大切にそうに本を抱えて、両親のもとを旅立っていった。




 それから、数か月後、リアナファーマシーに異変が起きた。

 冒険者たちや、納入先の大手ギルドから、購入した薬に全然効き目がないという苦情が殺到し始めたのだ。


 リアナも確認のために使ってみたけれど、たしかにこれでは他の薬屋の回復薬と変わりがない。

 治療薬に至っては、腹痛を直す程度の効果しかなかった。


 でも、それは、当然のことだった。創造神から与えられたギフト、”薬師”をもっていたセレナを追放したのだから。





「お姉ちゃん……、許して……」


 逃れようもない現実に押しつぶされそうな気持ちで、リアナはひとり、隙間風が通り抜ける薄暗い部屋で、ぼろきれを顔に押し当てて嗚咽を漏らし続けていた。


(つづく)

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