第5話

第5話 前編【この陽だまりは我々が占拠した!】

「わたし、ねこってはじめて見た!」

「なにこれ、やわらかーい!」

「あっ、にげた! つかまえろー!」


広場では、魔獣の子供たちが黒猫を追い回している。


「ヴァルヲ、大人気だな……」

「そう言えば、コニウムには猫がいないのか?」


アルドは苦笑と心配の入り混じったような表情を浮かべ、辺りを見廻みまわしたディアドラは一人、得心とくしんしたような様子を見せていた。


「ニャー!」


一方、たまらなくなったヴァルヲは、咄嗟とっさに視界に入った男の陰に逃げ込んだ。


「あまりいじめてやるな」


黒猫をかばうように立つギルドナがそう言うと、子供たちの興味の矛先は彼に向く。


「ギルドナ様だ!」

「ギルドナ様もねこ好きなのー?」

「あれ? その子はだれ?」


そのまま自然と、彼らの目は少年を捉えた。


「っ!」


その好奇の視線に、ファビオは反射的に狼狽うろたえた。

そこにすかさず、少年の両肩に手を添えたミュルスが、フォローを入れる。


「みんな! この子はファビオ君! 今日はみんなと遊びに来たんだ!

 みんながいつもやってること、教えてあげてねっ!」


そう言って、ファビオの顔を見てウインクをする。

ファビオは、自分の顔が火照ほてるのを恥じる間も無く、彼らの興味の的となった。


「キミ、どこからあそびに来たの?」

「わたしは、うらないごっこが好き!」

「いま、はやってるのはやっぱり、魔獣人王アルギナのげきかな!」

「ま、魔獣人王……?」


ファビオは最初こそ戸惑いを見せたものの、屈託のない笑顔に囲まれ、ぎこちなくも会話に加わっている。


「ギルドナ、あれって子供たちに押しつけただけなんじゃ……」

「ふっ。子供は子供同士で話した方が、分かることも多いだろう」

「うーん。たしかに、それはそうかもしれないけど……」


腕組みする人間の英雄と、微笑をたたえる魔王の会話。

仮にこれがユニガンで行われていたなら、衆目しゅうもくを集めることは間違いない。

しかし、この場には彼らを特別視する者はいなかった。


「な、なんで人間と魔獣が仲良くするげきをやってるの……?」

「かんとくがリアリティをついきゅうしたけっかかな」

「そもそもボクたちは、おんけんはだしね!」


自慢気に語る子供らに、ファビオは本音が漏れた。


「な、仲良くなんて……しんじられない……」

「えっ? じゃあキミは、仲良くしたくないの?」

「ええっ……。な、なんで仲良くする必要があるのさ……」


不思議がる魔獣の子供らの目線に耐え切れず、ファビオの口からは、言うつもりのなかった言葉があふれた。


「だって、ボクは、魔獣にお父さんとお母さんを……」

「……」


なかばで止められた言葉の先。

それを理解した魔獣の少年は、彼にとって当たり前の事実を告げる。


「そりゃあ、この村にだって、人間にぞくをころされたやつは、たくさんいるさ」

「えっ!?」

「でも、キミとはかんけいないだろ?」

「!!」


驚くファビオに、子供らは屈託無く話し続ける。


「ボクたちが仲良くしなかったら、またせんそうになって、またぞくをなくすやつが出てくるんだ」

「そうだよね。だから人間とはきょうぞんしないと!」

「そうそう! ギルドナ様がいつも言ってるもんね!」


生まれて初めて聞く考え方に、ファビオは目を白黒させた。

自分の知っているユニガンの大人たちとは、まるで違う。

思い返せば、絶対的に正しいと思っていた両親ですら、魔獣への敵意をほのめかしていたように思える。


しかし、考え方は理解できないまでも、少年たちが心の底から言っているのは理解できた。

そのうえ困惑することに、ファビオの直感は、不思議と彼らの理屈が正しいのだと受け止めていた。


ひとつ、自分が魔獣を許せないという気持ちを除いて。


思い悩む様子を見せるファビオの前方に、突如として銀髪の魔獣が外套マントひるがえして降り立った。

その顔には不敵な笑みを浮かべている。


「クククッ! いまこそ私の出番ですね!」

「ヴァレス!? どこから!?」


アルドの至極しごく当然な問いを気にも留めず、ヴァレスは素知らぬ顔でファビオに話し掛ける。


「悩める少年よ。君に、魔王の右腕たるこのヴァレスの、魔獣再興計画の一端を教えてあげましょう」

「ま、魔獣のけいかく……?」

「私は未来を見てきたのです。

 我らが子孫たる魔獣たちの暗澹あんたんたる生き様を。

 荒廃した大地にすがり、汚染された泥水をする窮境きゅうきょうを。

 あれは、人間たちに敗北した魔獣の末路……」


ヴァレスの言葉に、辺りの魔獣たちはもちろん、アルドたちも固唾かたずを呑んだ。


「私はあれから、あの未来を避けることができないかと、常に思いを巡らせていました。

 そしてついに! とある結論に至ったのです」


緊迫した面持ちで、魔獣の青年は続ける。


「その為には、やはり人間を……」

「!!」


魔獣のただならぬ様相に、ファビオは目を見開いた。


「や、やっぱり、人間を……!」


「ええ!!

 人間を……歓迎します!!」


「……へ?」


「題して!

 ワクワクドキドキのマジックアワー!?

 魅惑の黄昏たそがれアイランド!

 フワリもあるよ!

 魔獣島、観・光・ツアー!!」


ヴァレスは振り上げた拳を震わせ、その声にも熱が入る。


「えええっ!?」


意表を突かれた一同からは、頓狂とんきょうな声があがった。


「私は、これまでの経緯から、魔獣が人間と共存するためには、相互理解!

 つまり、お互いを正しく知ることが重要だと考えました」

「そこで、人間の観光客に、この蛇骨島ツアーへ参加してもらうのです!」


「まずは、アベトス畑でとれた葡萄酒と新鮮な野菜の魔獣農家体験ツアービーストツーリズムで胃袋ごと鷲掴わしづかみ!

 そして食事の後は、血の通った同じいきものだという気持ちを植えつけます!

 そのために子供たちからは魔獣と人間が手を取り合う劇を、大人たちからは伝統的な歌と踊りの出し物を!

 最後に、魔獣の死生観を理解してもらう為に、穹葬きゅうそうと、ランタンが空にフワリと浮かぶ、ともしび送りの儀式を皆で観覧します!」


怒涛どとうの如く畳みかけるヴァレス。


「す、すごいな……。

 でもその儀式って割と神聖なものなんじゃないのか……?」


そこに、アルドは思わず頭に浮かんだ疑問を口にした。


「ええ! しかし魔獣の未来の為なら、皆も故人も納得してくれるでしょう!!」

「そういうものなのかな……」

「……」


ヴァレスの熱のこもった自説を聞いたギルドナは、目を閉じて考え込むような姿を見せている。


「ヴァレスちゃん……最近、なにかコソコソしてると思ったら、そんなこと計画してたの……」

「そんなこととはなんです!

 これこそがギルドナ様を光の魔王にし、我ら魔獣族が繁栄するための光明!

 光への道筋なのです!」

「ええー?

 古い劇とかお葬式なんかより、やっぱり燃え上がるような恋でしょ!

 種族を超えたラブロマンスとか、素敵だと思うなー!」


やかましく言い合う魔獣の兄妹。

そんななか、兄の方が、遠目に一人の魔獣を捉えた。


「おや、噂をすれば早速ですね。

 あれに見えるは、ともしび送りの打ち合わせを手配した葬儀士!」


「葬儀士……?」


「はあっ、はあっ、大変だ……!」


葬儀士と言われた青年は、息せき切って一同の前に駆け込んできた。


「あれ、デュナリス?

 コニウムで会うなんて珍しいな。そんなに慌ててどうしたんだ?」

「魔物の大群が、こちらに向かっている!」

「なんだって!?」


危険を感じ取ったギルドナは短く問う。


「詳しく教えろ」

「ああ。ヴュルガーという名で、本来この島にはいない、鳥型の魔物だよ……」


その魔物の名に、アルドは聞き覚えがあった。


「ヴュルガーだって?

 それ、月影の森にいたような……?」

「そうらしいね。

 ……アルドくん、知ってるかい?

 もともと、月影の森は僕たち魔獣が住んでいたんだ」

「ええっ? そうだったのか?」

「うん。その頃から、あの魔物たちとは生き残りをかけて戦っていたらしい」


突然、声を一段下げたデュナリスが続ける。


「奴らの舌には、魔獣の血肉けつにくが一番上等な食事のようでね……」

「ッ……」


若い魔獣のうち幾人かは、その事実を知らなかったか、思わず目を伏せた。


「それは、厄介な魔物だな……。

 でも、あの魔物って、月影の森の奥地にしかいなかった気がするけど……」


唐突なアルドの呟きにデュナリスは答える。


「そうなんだ。

 僕ら魔獣は、人間に追い出されてしまったから、つい最近まで知らなかったことなんだけど……。

 なんでも、16から突然、森の浅いところにはいなくなったらしいね。

 」


「16年前だと? それはちょうど、俺が月影の森の調査に行った時か……?」

「それって、俺たちが爺ちゃんに拾われた時でもあるような……」


ギルドナとアルドが疑問に思った次の瞬間、いつの間にか合流していたフィーネが声を震わせた。


「じ、16年前……月影の森の魔物……?

 それって私がギルドナさんを、ジオ・プリズマの力で時空転移させた時……?」


愕然がくぜんとした様子のフィーネは、己の言葉を確かめるかのように、ゆっくりと続ける。


「お兄ちゃん……。

 まさか……わたしが、ギルドナさんと一緒に、その魔物たちもこっちに……」


一同は、その言葉に目を見開いて沈黙した。

まるでフィーネの最悪の想像を、肯定するかのように。


当時は、森中もりじゅうにいた大量の天敵。

そのほとんどが、ギルドナの復活とは少しばかりずれて、今更になってこの島に現れたとしたら――。


しかし、アルドが声を張り上げ、それを打ち破る。


「フィーネ! 心配は後回しだ!

 今はみんなを助けることだけ考えよう!」

「う、うん! 分かった!」


気丈に応えるフィーネの目に映ったのは、空を埋め尽くす黒い帯だった。


「あっ! あれは……!」

「くっ、先鋒隊から想像した数より、はるかに多い……!!」


焦るデュナリスたちの様子から、コニウムの魔獣たちも魔物の群れに気付く。


「魔物ごときで狼狽うろたえるな!」

「し、しかし、あの魔物は……!」

「うむ……。我ら誇り高き魔獣族は、子供だろうと魔物と戦う力はあるが……」

「ああ、空を飛ぶ相手には不利だ。しかも……」

「あれではまるで、天の園からの使者ではないか!

 これは、魔獣は滅びろという星の意思なのか……!!」


コニウムに飛び交う、不安と怒号。

それを聞いたアルテナは、言葉を飲み込む。


「……」


兄をよみがえらせてくれたフィーネが、魔獣たちを今まさに危機に追いやっているなど、考えたくもなかった。


そんな怯懦きょうだを打ち払うのは、魔をべる王。


「魔獣の滅亡が星の意思など、ありえん!

 これはきっと……俺のみそぎだ!」

「ギルドナ……?」

「俺が魔獣王としての道を誤り、

 俺が時空を超えたせいで奴らが現れたというのなら。

 その俺自身が奴らを片付けるのが道理!

 いや、運命さだめだ!」


絶望の剣を片手で振り抜き、気色けしきばむギルドナにミュルスたちが声を掛ける。


「ギルドナ様は一人じゃないですよ!」

「ええ。人間を誘致するのに、治安維持は大事ですからね」

「兄さん、私だって戦える!」

「ああ。皆、遅れるなよ!」


ギルドナの決意に、各人が思い思いに戦いの覚悟を決めていった。


「アルドくんたちも、力を貸してくれるかい?」

「もちろんだ!」

「丁度いい。魔剣の養分を探していたところなのでな」

「ファビオくんはみんなと家の中に隠れてて! ね!」


フィーネの言葉に頷き、ファビオは村民と一緒に近隣の民家に飛び込んだ。

頭からむしろをかぶった彼の体は、しかし、震えが止まらない。


否が応でも思い出してしまう。

あの日を。

家の床下の小さな貯蔵庫に、両親に押し込まれた日のことを。

熱気に蒸された狭い空間で、無限とも思える時間を、孤独に耐え忍んだ時のことを。


あの日、家族も含めて、隣近所で生き残ったのは自分だけだった……。

今回は生き残れるのか?

いったい、いくつの命の灯火が消されるのか?


ただひたすらに怖かった。

しかし、そんな少年の恐怖を嘲笑あざわらうかのように、災禍は訪れる。


「来たぞ! 第一波だ!」

「くっ! 防衛の準備が間に合わない! ここで迎え撃つぞ!!」


アルドたちの切迫した叫び声と、剣戟けんげきを振るう音が、魔獣の村に響き渡る。


その時はまだ、村を守る勇者たちの誰もが、気づいてはいなかった。


大量の魔物らの影でうごめく、真の厄災に……。










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