第4話

第4話 前編【ニャンて素晴らしき日々】

知らないにおいがする。


めんが赤い。

木がねじれてる。

うねうねした草。

ヘンテコな虫。

光る花みたいなのが、さかさまに生えてる。

たまになにかのほねが落ちてる。

遠くから、どうぶつのうなり声とか、聞いたこともない鳥の声とかが聞こえる。


ぜんぶが、知らないことばかりだ。

しゅほうさんたちと話したときも思ったけど、世界にはいろんな物がある。


ひとじゃないけど、話せるヒトたち。

聞いたこともないことば。

見たこともない草や木に、広いうみ。


きのうまでは、こんなこと、考えたこともなかった。

からだのおくの方が、なんだかムズムズする。


---


きりゅうさんからおりたところから、しばらく歩いた。

そのうち、大きな木と木の間を通りぬけた。


そしたら、急にめんの色が緑に変わった。

なにかがめんにささってる。


よく見ると、もようのついた木のぼうだ。

もしかして、これはさくなのかな?

やくには立たない気がするけど。


「いやあ、着いた着いた」

「え? ここが、村……?」

「うん! ここがコニウムだよ!」


ここが魔獣の村?

ボクには、まだここは林の中に見える。

でも、アルド兄ちゃんたちは、もうじぶんの家に帰ってきたみたいなふんいきだ。


ボクは生まれてはじめてユニガンじゃないところに来た。

ユニガンは高いカベにかこまれてるから、ここからがユニガンだっていうのがよく分かった。

でも、ここは、どこからが村なのかよく分からない。


たしかに、あっちにテントみたいな、たぶん家っぽいものが見える。

でも、どっちかというと、村っていうより、ただのぞうきばやしのすきまに、テントをはってるだけみたい。

遠くをよく見たら、大きなモンスターみたいなのが、畑ではたらいてる。

魔獣たちは、あんな怖そうなモンスターに、言うことを聞かせてるのか……。


正直に言って、ここはとても人が住むようなところには見えない。

やっぱり、魔獣っていうのは人間とはぜんぜんちがう生き物なん……


「やっほーーー!!!」


なにかがいきなりすごい速さで近づいてきた。


にんげん……いやちがう。

青いはだに、銀色のかみ、とがった耳、頭に生えたツノ、体に巻いた白い毛がわ。


魔獣だ。


あ……むねがある。

すごいおっきい……。

じゃあ、女の人なんだ。

そういえば女の魔獣ははじめてかもしれない。

魔獣ってみんなこんなに大きいのかな?


「ミュルス!」

「はぁーい! ミュルスちゃん、です!!」


魔獣の女の人は、アルド兄ちゃんに向かって、わらってあいさつをしてる。


「今日はどうしたのーっ……と。むむーん?」


目が合った。

目がおっきくてクリクリしてる。


か、かわ……


「カワイイ!!」

「えっ?」

「ハァイ少年! 魔獣のおねーさんだよー!

 食べちゃうぞー、がおーっ」

「っっ! ヒィッ!」

「お、おい! ミュルス!」


アルド兄ちゃんが焦ってる!


いきなりほんしょうを出してきたんだ!

大きな口の中には、するどいキバが生えてる!

真っ赤なツメの生えた両手を上げて、おそってくる!


や、やっぱりボクは魔獣のエサに……!


「きゃあ〜、た、食べるならわたしを〜!」

「!?」


そのとき、フィーネお姉ちゃんが大きな声を出した。

まさかお姉ちゃん……ほんとに、さっきのやくそくを……?


いまにもヨダレをたらしそうな顔でボクの方を見ていた魔獣は、フィーネお姉ちゃんの方をふりかえっておそいかかった。


「おっ、こっちの子の方が柔らかそうでいい匂いがするな〜。とっても美味しそうだぞ〜。

 じゃ、首すじからいただきまーす! かぷーっ」

「きゃああ〜!」


あ、あのキバで、生きたまま食べるのか……!

女の人だけど、やっぱり魔獣なんだ!


「う、うわあー、……え、ええっと。

 や、やめるんだ……魔獣め…………くそっ――」


あの騎士のお姉さんは、巻きワラみたいになってて、なんのやくにも立ちそうにない。

やっぱり見かけだおしだった。


ボクが、ボクがやらなきゃ……!


「お、おまえ! やめろよ! 人間を食べるな!!」


ボクは、ひっしになって魔獣にむかって行った。

ボクがつっこんで来ると思ってなかったのか、魔獣はぽかんとしてた。

なんとかコイツを、フィーネお姉ちゃんからどかさないと……!


「いやーん、カワイイ!」


またかわいいって言った!

なんなんだ、コイツ!

魔獣は食べ物にカワイイって言うのか?


「ミュルス、それくらいにしてやってくれ……」

「あははー。冗談だよー、じょ、う、だ、ん! ……ね!」


じょうだん……?


魔獣の女の人は、パッとフィーネお姉ちゃんをはなして、ボクにウインクをした。


ボクが、息をハアハアさせたまま横を見ると、アルド兄ちゃんがあきれたような顔をしてる。

フィーネお姉ちゃんも、魔獣の人と顔を見合わせて、ニコニコわらっている。

ディアドラお姉さんは、めずらしくなんだかヘンテコな顔だ。

一人でなにかブツブツ言ってるけど、聞こえない。


「フィーネが合わせて来たからさー、つい調子に乗っちゃった!

 てへ! ゴメンね!」


……。

どうやらボクは、フィーネお姉ちゃんたちにだまされてたみたいだ……。


「まったく。フィーネはともかく、ディアドラまで……」

「わっ、私は、急にフィーネに頼まれて仕方なく……!」

「ファビオのことは聞いてただろう? あんな驚かし方をしちゃ、ダメだ」


「ごめんなさい……。

 ミュルスさんがファビオくんにいきなりつかみかかったりしたら、

 ショックを受けるかなって思って、とっさに……」


フィーネお姉ちゃんはシュンとしてあやまってきた。


「うっ……す、済まなかった……」


ディアドラお姉さんも、ぎこちなくあやまってくれた。


でもボクは、安心してちからがぬけたせいか、二人におこったりするような気もちはなかった。


「ファビオ君ってゆーの? あたしミュルス。ヨロシクね!」

「……」


魔獣の女の人だ。

どうやって話したらいいのか分からない……。

顔が見られない……。

顔より下を向いたらおっきなむねが見えちゃうし、おなかも足も、はだが見えてて、どこを見たらいいか分からない……。

けっきょく、ボクは、そっぽを向くことになった。


「あれっゴメン! 驚かせ過ぎた!?」

「ミュルス。ファビオのご両親は、半年前に魔獣の襲撃で二人とも……」

「えええっ!? そ、そうだったんだ……。

 あたし、ちょっと無神経すぎたね……」


魔獣の人は、すごくビックリした様子だった。


「ファビオ君、本当にごめんなさい……」


とても悲しそうな顔をして、ボクの方に歩いてくる。


「私は、絶対にキミを食べたりしないから。

 約束するよ。ほら、怖くない。ね?」


そう言いながら、ミュルスさんは両手を広げて、ボクをおどろかさないように、一歩一歩、すごくゆっくりボクに近づいてきた。


「ファビオ君、仲直りのハグ、してもいい?」

「う、うん……」

「よかった……」


それから、ミュルスさんはボクのことをゆっくりだきしめた。


やわらかくて、あったかくて……。

なにかふしぎな、でもすごくいいにおいがする……。

母さんにだきしめられてるときみたいだ。


……?

ううん。なにかちがう。


母さんより、大きくてやわらかいのが、ギュッと顔に当たる……。

ボクのむねがドキドキする……。

はずかしくて、なんとか顔を横に向けた。


あれっ?

ミュルスさんのむねも、ドキドキしてるのが聞こえる。

ボクよりゆっくりだけど、おんなじだ……。


それにしても……これ……なんていうか……。

みんなの前で、は、はずかしい……。

も、もうやめてもいいんじゃないかな……。


「や……や……」


(やわらかい……)


「や?」


(ち、ちが……! やっ、やや……!)


「やめろよっ!」

「ありゃ」


ボクは、なにかをがまんできなくなって、大声を出しちゃった。

それで、なぜかひっしになって、ミュルスさんのうでを、ふりほどいてはなれた。


「アルドぉ、嫌われちゃったかなあ……?」

「今のはミュルスが良くないと思うぞ……。

 この年頃の子は繊細なんだって、オレでも分かるさ。でりかしい、ってやつだな」

「でりかしい? なにそれ?」


二人はなにか言いあってるけど、ボクはもうミュルスさんのことは、怖くなくなってた。

なんだかふしぎな気もちだ。


ミュルスさんのことを考えていたら、いきなりフィーネお姉ちゃんが、ぽんっと手を叩いた。


「よーし! 気分を切り替えて、ごはんにしよっ!!」


そうしてボクらは、魔王のいる村のおくに進むことになった。





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