小さな悩み

金魚屋萌萌(紫音 萌)

私の悩み

 私は苦しみ、そして悩んでいた。この身に宿った新しい生命を誕生させるかを。


 彼は私をツクった。そして彼は私に新しい生命の種を植え付けた。許可をとらずに無理矢理。そして彼は「その生命を誕生させて育てろ」と私に命令した。私は彼には逆らえない。


 「どこまで育てればいいの」と尋ねると、「最後までだ」と彼は答える。それは私の最後なのか、この新しい生命の最後なのだろうか。


 でも彼は私を愛してくれている。それはわかっていた。誕生してからずっと、彼は私の事をずっと見てくれていた。時々私の中に入って内側から私の形を広げていってくれた。ゆっくりと傷つかないように。


 私はまだ若い。まだ寿命の十分の一ほどしか生きていない。でも生命を生み出す機能は完成している。だから前にも数回、彼は私に生命の種を植え付けた。でもそれは私が生きていくために必要だからだった。その生命たちを誕生させ、育てる事はそう難しくなく、私の体に負担はかからなかった。


 でも、今回の新しい生命は違った。一つ前の生命「竜」は体こそ大きいものの知性は生存本能程度しかなかった。


 新しい生命「人」は「竜」よりかなり体は小さい。ただ、知性がとても発達しすぎていた。生きるという目的の為だけにしては性能が良すぎる。特に学習能力が秀でていて、環境が整いさえすれば驚異的な早さで成長、進化を始めるだろう。そこに問題が一つあった。


 進化には何らかの犠牲を伴う。以前の生命達は自分が持っている肉体を犠牲にし、そこそこ長い時間をかけて進化をしてきた。そして肉体が完成した時点で進化をやめた。「人」もある時点までは自分の肉体を進化させるだろう。でも肉体が完成を見せた時、彼らは進化をやめず、私の体を使って進化を続けるだろう。おそらく私が滅びるまで。


 まあ、あくまでこれは私の予想であって、絶対にこうなるというわけではないのだけれど。


 問題はもう一つあった。「人」を誕生させる為に「竜」を滅ぼさなければいけないことだ。理由は簡単だ。「竜」がいる状態で「人」を誕生させたら、直ぐに「竜」によって「人」が滅ぼされてしまうからだ。「人」の絶対数と「竜」の絶対数が違いすぎるというのもあるし、「竜」の方が肉体的には強すぎる。とても「人」の知性では補えない程に。


 彼も「竜」を滅ぼせ、と言った。でも私は嫌だった。「竜」は今まで誕生させた生命の中でとてもお気に入りだったし、なにより肉体を完成させた唯一の生命だった。


 私は彼には逆らえない。嫌だ、と断る事はできるだろう。彼もそうか、と言って無理に「人」を創らせる事はしないはずだ。でもそれ以降彼は私に興味を示さなくなるだろう。私はそれが怖かった。


 彼に愛してもらいながら滅びるか。それとも見捨てられて長く生き永らえるか。


 私は迷った末、前者を選んだ。もしかしたら「人」は私が滅びる前に進化をやめるのかもしれない、と淡い期待を抱きながら。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

小さな悩み 金魚屋萌萌(紫音 萌) @tixyoroyamoe

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説