始まりの場所

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 大陸の南に広がる大海原───その向こうには、南方諸島と総称される大小の島々があり、そこに住むのはいわゆる“人”ではなく、精霊族やエルフ族など、数的には多くはない種族が暮らしているとされている。その南方諸島を越え、更に海の彼方に至れば、失われたとされるユリティスの双子世界・ガイエに通ずる道があると伝えられているが、そのことを確かめた者はいない。故に、“人”が辿り着くことが可能な南方諸島が、ユリティスの王国の南の果てだといえるだろう。

 この大海原に面した最大の港湾都市が、ヴェリヘル───通称・海の門ネフィル・カーズと呼ばれる都市である。

 その港湾都市・ヴェリヘルに旅の一行が到着したのは、彼らがイムヘルで出会ってから、一月半ほどの時が過ぎてからだった。

 秋の収穫祭の余韻よいんはとうになく、人々は冬に向けて忙しく立ち働き、日々厳しい顔つきになっていく。北方諸国に比べれば、この季節の寒気は幾らかではあっても、地からの恵みが途絶え、水が荒れる以上、訪れる厳しさはさして変わらない。北方東部の山岳地帯からコ・ルース・リィンを含む高原地帯をて、商業都市イムヘルを通り、南海へと流れ込む大河の河口に位置するヴェリヘルにとっても、水上交通が激減する冬は決して油断出来るような季節ではないのだ。

 その季節の変わり目に降る冷たい霧雨の中、ようやく南方最大の都市に到着した子供は、最も楽しみにしていたことに対する不満を、強く父親に訴えた。

「ねぇねぇねぇ、これが海ぃ?」

 確かに───大河から流れ込む土を含んだ水は黄色味を帯び、細かい雨と灰色の空に覆われた視界は、とても美しいとは形容し難い。

 ただでさえ対岸がかすんで見えなかった大河は、そのまましまりなく海へと流れ込み、垂れ込めた雲と霧雨で水平線すら判別出来ないのっぺりとした灰色の風景では、初めて海を見た感動など持ちようがなくて当然である。辛うじてそれを海だと認識出来るのは、大河にはなかった潮の匂いがしたからに過ぎない。

「今日は、雨が降っているからな」

「晴れれば、港からもっと海らしい海が見られるぞ」

 前者はティルダール、後者はシルヴィア。大人二人は、それぞれの言葉で、落胆する子供を何とか慰めようとする。

 自分自身には厳しい面がある男女も、このいとけない子供に対してはどこまでも甘いのだ。

 この季節の雪に変わる寸前の雨は冷たい。

 このまま漠然と海を眺めていても体に毒になるだけだと、彼らは早々に岸辺を離れ、宿を捜しに市街地に入って行った。


 さらさらと、宙を舞うように降り続く細かい雨。けぶるようににじむ街並みに存在する音は、聴覚のぎりぎりで聞こえる遠い人の騒めきと、石畳を流れる小さな水音だけで、彼らが引いている乗馬の規則的な蹄鉄の音だけが、奇妙に大きく響いていた。

 空気に紛れ込んだ水滴のせいで、気温以上に体感温度は下がり続け、寒さは濡れた衣服を通して体の骨の髄までみ込んで来るようだ。

 南方最大の港湾都市であるヴェリヘルには、旅人相手の宿や船乗り相手の宿が、ピンからキリまで幾らでもある。───在る筈なのだが、港が混み合う季節でもないのに、満室を理由に投宿を断られ続けた。駆け込みの客が増える宵の口ではなく、まだ夕刻と呼ぶにも早い時間にもかかわらず───だ。秋の収穫祭や対である春の還元祭の時期であれば、そういうこともあるのだが、今は祭りの季節ではない。冬を目前としたこの時期に、早い時間から宿が旅人で混み合うというのは、どうにもせない部分があった。

「何か特別の行事でもあるのか?」

「さあ、どうだろうな」

 アルフェスの手前、口調はのんびりしたものだが、現状は楽観出来るものではない。

 ゆるやかな雨とはいえ、もうずいぶん長い時間打たれ続けている。充分に大人であるティルダールやシルヴィアはともかく、このままでは幼いアルフェスの体力が保たない。それ故に、背に腹は代えられなかった。清潔さや安全性は二の次で、兎にも角にも雨風をしのげて暖を取ることが出来る場所、横になって体をゆっくり休めることが出来る場所が必要だ。

 散々歩き回って、彼らが辛うじて転がり込んだ宿は、およそ真っ当なという表現とは無縁の場所だった。色町の片隅にある下町のさびれた宿───二階に宿泊出来る部屋があることが不思議なほど古い、馬屋と屋根があるのが唯一の恩恵のような宿である。とてもではないが、女性が泊まるようなところでもない。

 一人で交渉に出向き、何とか一部屋だけ抑えたティルダールは、あらかじめシルヴィアに、肩布を頭巾のように被って髪と顔を隠し、女性であることを気付かれないように云い含めなければならないほど、見るからに治安そのものが良くない地区だ。そんな宿でも、一部屋を確保出来たのは幸運だった。下手をすれば、他の旅人と相部屋だったかもしれないのだから。

 そんな宿の、薄暗い、埃にまみれた部屋には、当たり前のように暖炉などない。ティルダールは、中に入ると同時にてきぱきと動き始めた。

 まずは、アルフェスの着ていた服を全部脱がせ、濡れた体から可能な限り水滴を拭き取って、寝台の上の薄い毛布で小さな体を丸ごと包み込む。アルフェスはすでに歯の根が合っておらず、されるがままだ。

「沐浴は諦めた方がいい。湯とたらいを借りて来るから、シルヴもその間に濡れた服を脱いでおけ」

 口早にそう云い残すと、自分はずぶ濡れのままの状態で、革の長靴に溜まった水をだぼだぼと鳴らしながら階下へ降りて行く。

 宿主の方もそう要求されるのが判っていたのか、ティルダールが戻って来るのは早かった。シルヴィアはまだ着替えの途中だったのだが、彼の方はまるで気に留めた様子もなく、真っ直ぐに息子の傍に寄る。

 借りて来たたらいに湯を張って息子の足を浸からせ、冷え切った足先を丁寧に揉み解していく。アルフェスは、濡れたままの父親を気遣ってか、掠れた声で小さく云った。

「大丈夫だよ。自分で出来るから……」

 『だから、テュールも着替えてほしい』───と、続けたかった筈の言葉を伝えることは出来なかった。「大丈夫」と聞いたティルダールは、息子の顔を覗き込んで本当に大丈夫そうだと判断すると、今度は小さな窓に向かったのである。

 一応は作られている明かり取りの窓は、ティルダールの頭を辛うじて出すことが出来る程度のもので、人が出入り出来るほどの大きさはない。窓枠もまた、軽く押しただけで外れそうなほどガタがきている。

 それを確認すると、ティルダールはシルヴィアに背を向けたまま話し掛けた。

「しばらくの間、アルフを頼めるか?」

「それは勿論───だが、どうしたんだ?」

「体を温める為の酒と食料を調達してくる。この宿には期待出来ないからな。俺が出て行ったら、戸が開かないように中から塞いだ方がいい。それから、くれぐれもシルヴが女だと気付かれないように」

「───何か、危険なのか?」

「まだ判らない。だが、何かが妙だ。がしないか?」

「どうかな……」

 シルヴィアが釈然しゃくぜんとしない表情をしたのも、無理はない。ティルダールだとて、という以上のものを察知しているわけではないのだ。

 ただ、街の空気に含まれる僅かな違和感が、理由が判らずともざわざわと神経を刺激して落ち着かない。幾度となく危うい状況を切り抜けて来た本能が、何処かでうごめく危険を感知して騒いでいるような気がする。こんな時は、出来るだけ早く、不安の原因になりそうなものを探ってみるのが最良の手だ。ましてや、サジムの村で占者の女が告げた言葉や、シルヴィアが時のこともあるのだから。

 あの奇妙な夜のことを、シルヴィア自身は何も覚えてはいなかった。

 まあ、そんなものだろうと予想していたティルダールは、特に驚きはしなかったが、当然警告を与えて来た存在には大いに興味があった。

 シルヴィア自身に干渉出来るらしいは、何故敢えてティルダールに警告して来たのか? そして、尋常ではない力を持つ相手はどのような存在なのか?

 相手の正体については、あまりにも情報不足で推論すら立てようがなかったが、もうひとつの方については一応の答えが出ている。は、ティルダールがシルヴィアと共に居ることに危惧を感じているのだ。その理由については、あくまでもティルダールの中だけの答えに過ぎないが故に、シルヴィアには勿論、アルフェスにも何ひとつ話してはいない。

「とにかく、多少でも情報を集めて来る。後を頼む」

 それだけを云い残して、休む間も惜しんでティルダールは宿を出て行った。


 馴染みのない街に来た時に、種々雑多な情報を手っ取り早く得る為には、誰でも入れそうな感じのいい酒場が一番適している。

 老若男女を問わずに入れ、街の住人も旅人も、分け隔てなく席を得ることが出来るような酒場───ごく当たり前の人々は、酒が入れば口が軽くなるものだからだ。住民全員が知り合いのような小さな村落はともかく、それなりに大きな街では、これまでも同じような場所で情報を得て来た。ティルダールだけではなく、訪れる客の多くの者が同様の目的で訪れていることも多い。天候が荒れる季節であればお互いが辿って来た街道の情報を交換し、各地の農作物の良し悪しや行く先々の領地での紛争の情報、追い剥ぎを含む賊の出没する場所や通過して来た土地の名産品まで───話をする相手が街に住む人々であれ、旅の途中の者であれ、新しい情報は常に歓迎される。つまり、或る種の井戸端会議のようなものなのだ。

 ティルダールは、宿からさほど離れていない所で適当な店を見繕みつくろい、ある程度客が入っていることを確認して戸口を潜った。

「いらっしゃい、お一人で?」

 入ると同時に、威勢のいい声が掛かる。客の動きに気を配っている良い店のようだ。

 かなりの広さがあるその店には、椅子のようなものが見当たらなかった。複数の人間が横並びに居られる長卓や丸い卓子に座る場所はなく、代わりにそれらの造りが、大人達が寄り掛かるのにちょうどいい高さになっている。三々五々にそれらの周囲で、様々な男女が食事と酒を楽しみ、会話に花を咲かせていた。

 商人・楽士・旅人・港で働いているらしい屈強な男達───全体に女性の姿は少ない。最も多いのは、船乗りらしき男達だった。

 日が暮れてもいないのに、広い店内はかなり賑わっている。雨のせいで、港や船で働く者達が暇を持て余しているのだろう。

 ティルダールはすっかり濡れてしまった我が身をはばかって、入り口近くの卓子に陣取った。素早く店の若い者が注文を取りに来たので、宿で待つ二人に悪いと思いつつも、冷えた体を温める為のかなり強い酒を頼む。

「腹も減っているんだが、ここのお勧め料理は?」

 注文の酒を持って来た青年に、可能な限り愛想良くティルダールは訊いた。酒場の人間ほどの情報通はいない。何らかの話を聞く為には、まず彼らに良い印象を持って貰う必要があるのだ。

「そうさね、いつもなら新鮮な魚を使ったパイというところだけど、あいにくとこの雨のせいで水揚げが悪くてね。今日は、肉詰めの蒸し饅頭が美味いよ。───兄さんは旅のおひとかい?」

「ああ、さっき着いたばかりだ」

「そりゃあ、雨の中大変だったね。注文はそれでいいかい?」

「一日濡れ放題の上、やっと転がり込んだ宿が酷くてな。温かい物はありがたい。それで頼む。ついでに、その宿の飯に期待が出来そうにないんで、夜食と朝食用に同じものと果実酒を一本包んでくれないか」

「そりゃあ、また散々だ。冷めても美味いから、用意しておくよ」

「ああ、助かる。全く、どうしてこんな時期に宿が混んでいるんだ? 何か特別な催事でもあるのか?」

「多分、雨のせいで船が出せないからじゃないかな? 街に入って来る荷も出て行く荷も、すっかり止まっているよ」

「そうか、ありがとう」

 青年は、「どういたしまして」と云いながら、忙しげに離れて行った。

 魚が海草の間を縫って泳ぐように、多くの客を上手に避けながら去って行く青年を見送り、ティルダールはようやく落ち着いて注文した酒を一口啜ることが出来た。独特の癖がある強い酒は、喉を焼いて空の胃袋に至り、凍えた体の奥深くに小さな火を点す。

 たった今聞いた『雨のせいで船が出せない』というのは、少々妙な話だ。確かに雨は降っているが、少しの風にも流されるような霧雨で、港から見た海は時化しけているようには見えなかった。確かに、視界の悪さで出航をはばかる船もあるだろうが、その状況が長く続けば無理を押しても出て行く船もある筈なのだ。

 それとも、港を出た先の沖合が時化しけているのだろうか?

「違う───雨のせいじゃねぇ」

 店内の喧騒けんそうに掻き消されそうな呟きが、辛うじてティルダールの聴覚に届いた。再び木製の杯に口を付けながら、慎重に声の出所を探る。

「ほい、お待ちどうさま」

 いつの間にか背後から近付いていた青年店員が、威勢よく皿と一つにまとめられた包みを置いた。

「包みは油紙を使っているから、濡れる心配はないよ」

「ありがとう、早かったな───それで、この雨はいつから降っているんだ?」

「ここ十日ほどかな?」

「明日には止むだろうか?」

「さぁね。今の季節は雨が多いからねぇ」

 何ということもない会話は、呟きの主を捜し、反応を確認する為のものである。予想に違わず、再び青年が去ったあと、同じ声による呟きが聞こえた。

「止むわけがねぇさ……」

 見つけた───ティルダールの右斜め前の卓子に居る一人客で、彼に背を向けて飲んでいる男だ。

「どうして止まないんだ?」

 さも他愛無い世間話の続きのように、ごく普通に尋ねる。

 その男はびくりと肩を揺らし、恐る恐るティルダールを振り返った。酔っ払いの独り言を聴いている者がいるとは、微塵みじんも思っていなかったのだろう。

「旅に各地の情報は欠かせなくてな。船が目当てでヴェリヘルに来たのに、海の門ネフィル・カーズが閉ざされているとなると───だから、まあ、聞かせてくれないか」

 男は、何かに怯えるように周囲に視線を配りながら、それでも拒むことなくティルダールの卓子まで移って来た。後姿を見た時からある程度気付いていたことだが、すぐ近くにいると独特な男の特徴がよく判る。

 背が低い。平均的な成人の男が肘を置ける高さの卓子に、半ば爪先立ちで自分の杯を乗せなければならないほど、とても背が低かった。それに対して顔はかなり大きく、分厚い胸板と頑丈そうな手足をしている。おそらく、この男には小人族ドワーフの血が濃く流れているのだろう。

 卓子に持ってきた男の杯はすでに中身が三分の一ほどになっていた為、ティルダールは店員に手で合図を送り、同じ物をもう一杯注文する。誘われてすぐに席を移って来たわりに、男はそわそわと落ち着きがなかったが、新しい杯を目の前に置かれ、驚いたように改めてティルダールを見上げた。

「俺のおごりだ。話を聞かせてもらうんだからな」

 そう云いながらも、話すことをかしたりはせず、ゆったりとした動作に見えるように意識しながら、自分の杯を口に運ぶ。

 怯えているのか警戒しているのか判らないが、他人の会話を聞いて独り言を漏らすほどに、誘われてすぐに席を移ってくるほどに、誰かに話したいことがあるのなら、こちらから水を向けなくとも自ら話すだろう。日に焼けた顔が赤くなっていることからして、すでに酔いもかなり回っている様子だ。

 案の定、しばしの沈黙のあと、男はぼそりと重い口を開いた。

「船乗り仲間から聞いた話だけどよ」

 不安と酒をブレンドして飲み込むように、自分の杯を大きくあおる。

「雨ばかりで、海は大して時化てもいないのに、船が出せねぇんだと」

「船が出せない?」

「いつもとは違う妙な海流があるといってた。良き風があって船を出しても、港に押し戻されるんだと」

「そんなことがあるのか?」

 船乗りは当然のことながら、風と波を読むことに長けているものだ。そして、波が変わることはあっても、海流そのものが変わることはない。潮の満ち引きと、流れが速いか遅いかの違いだけである。本来なら、その筈だった。

「あったんだから、あるんだろうさ。……聞いたことはねぇがな。そいつがいうには、海の司神リール・ネ・ネイディスがお怒りなんだと。季節外れの長雨も、そのせいなんだとさ」

「海の司神の怒りねぇ……」

 『海の司神の怒りがある』となれば、船乗りにとってこれほど恐ろしいことはないだろう。海の司神の加護があってこその船乗りなのだ。その畏敬の念は、地母神にして大地の司神であるユリティスに対するものより大きいとされている。海に生きる人々にとっては、当然のことだ。

 一方でティルダールは、内心ぎくりとしていた。

 また海の司神ネイディスだ。

 アルフェスとの旅にシルヴィアが加わって、幾度この神の名が出ただろう? 世界を形作る六司神とはいえ、ただ旅をしているだけで、一つの司神の名前がこうも出て来るものだろうか? 少なくとも、これまでのティルダールにはそんな経験はない。

 だが、そんな胸の内を微塵みじんも臭わせることなく、敢えてあざけりを含ませた懐疑的な呟きを漏らした。

 意図した通り、莫迦にされたと思った男は、むきになって先を続ける。

「嘘だと思うなら、神殿に行ってみりゃいいさ。特別な女を捧げるようにお告げがあったと教えてくれるだろうよ」

 食事と酒を口に運んでいたティルダールの動きが、ぴたりと止まる。小人族ドワーフの血を引く男は、目の前の男の雰囲気が一変したのを察して口をつぐんだ。

 怯えている相手を更に怯えさせるのはまずいと思いながらも、気持ちを立て直すのに数拍の間を必要とした。その間に、近くに居た別の男達が口を挟んで来る。

「その話なら、俺も聞いたぜ。なんでも、白い髪の若い女を捜して、神殿に捧げ、のちに海に奉納するようにお告げがあったんだとさ」

「ああ、そうらしいな。最初は領主殿も、世間知らずな神殿の神官達の戯言ざれごとと相手にしなかったらしいが、そろそろ信じる気になったらしいぜ」

「そりゃあ、船が出せなきゃ、ヴェリヘルは食いあげちまうからな」

(冗談じゃない)

 声には出さずに、ティルダールは吐き捨てた。

 白い髪の若い女?───いくら南方最大の港湾都市とはいえ、そんな変わり種の女がそう何人も居るとは思えない。加えて、不自然なほどタイミングが良過ぎる。まるで、充分な準備を整えて、彼ら一行がヴェリヘルに入るのを待ち受けていたようではないか。

 間違いない。“敵”の狙いはシルヴィアだ。

「船乗り連中の中には、話を聞いて女を捜し始めた奴らが居るとさ」

「けどよぉ、若いのに白い髪の女っているのか?」

 気のない相槌を打ちながら、ティルダールの思考は目まぐるしく活動し始めていた。

 時を待っていたかのように、長くもつれたままの糸が急速にほどけ、一本にり合わさろうとしている。その行く先を遮るように起こるは、ティルダールの気をくじくどころか、彼にとって正しい道を進んでいる確信を与えるばかりだ。

 だが、同時に危険も増している。

 これは罠だったのだろうか?

 もしかすると、最も危険な罠に頭から飛び込んだのだろうか?

 適当にお茶を濁して酒場を辞したティルダールは、足早にひとけのない街路を辿った。

 宿に入る時には、シルヴィアは女性であることを隠していたが、その前に誰かに特徴のある髪を目撃された可能性は否めない。だとすると、ヴェリヘルに長居をするのは、あまりにも危険だった。

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