第177話
テルミナがお腹に優しいものと言ったためか、並べられた料理は煮物が多かった。煮物と言っても。アクアパッツァなようなものや、ロールキャベツもどきのような肉系統のものもあり、食べ足りないという事もない。
いただきます、と手を合わせたところで立花はテオドロスに連絡を入れていない事を思い出した。
〝テオドロスさん、失礼します。タチバナです〟
〝………里には行けたのか〟
念話に戸惑うように少し間をあけてから、テオドロスからの応えがあった。
〝行けました。里の方とも話をしました。その結果、今すぐに子どもたちを連れていく事は難しいのですが、問題をクリアすれば連れていける事になりました〟
〝問題とは?〟
〝
〝こちらは問題ない。その話、アウロラとトールにしても?〟
〝はい。していただいて構いません。突発的な事がなければそのぐらいの日数で連れていけます〟
〝感謝する〟
〝いえ〟
要件を伝えた立花は、それではと念話を切ろうとした。
〝先の提案だが〟
〝……はい〟
先の提案。おそらく自分達が新しい組織のリーダーになって欲しいというあれだろうと思う立花。
〝アウロラとトールを送り届ける事が出来たならば、この老骨を差し出そう〟
〝……よろしいのですか?〟
〝もともと話自体は気になっていた〟
〝そうでしたか。私達としては有り難いのですが、その、今は組織のメンバーとして教会からかなりの人数が入るかもしれない状況でして〟
〝教会から圧力が掛ったのか〟
〝いえ、そういうわけではなく志願者が思ったよりも多いだけです。
ただ彼らはあまり身の回りの事に意識を裂いていないらしいので、最初は戦闘訓練よりも生活技能の訓練をしなければならないかもしれず……〟
ご飯とか洗濯とか。と、立花は内心乾いた笑いを浮かべていた。
〝なるほど。新兵と同じ状況か〟
〝あー……そうですね。そうかもしれません〟
〝ならば問題ない。経験はある〟
まじか。と思う立花。
テオドロスの隙のない身のこなしというか、研ぎ澄まされた刃のような雰囲気から洗濯とか料理をしている姿が全く思い浮かばなかった。
無意識にそれでも想像しようとしてテオドロスに三角巾と割烹着を被せてしまったところで慌てて止めた。
〝そ、れは心強い〟
〝拠点の場所はどこにする予定だ?〟
〝あ、それは今検討中で、仮として東大陸の黒の森の中に用意するつもりです〟
〝黒の森か……一定以上の実力であれば都合はいいが、それ以外は厳しいな〟
〝はい。そこは課題です。いい土地があればそこに拠点を創ろうとは思っていますが〟
〝手探りの状態ならば仕方がない。集まる者達の実力も不明なのだから猶更だ〟
〝そう言っていただけると気が楽になります〟
〝こちらでも案を考えておく〟
〝ありがとうございます〟
〝いや、勇者の現状を憂いていたのは私も同じだ。だが、それに目を向けても動こうとしなかった私は教会の者と同罪だ〟
勇者を利用してきていた教会と同罪と言うテオドロスに、それは言い過ぎではないかと立花は思ったが、テオドロスは否定して欲しいわけでも肯定して欲しいわけでもなさそうだった。
〝話を聞いた時、組織を立ち上げようと言ったがのが異世界の人間だという事に、正直なところ私は苦い思いがあった。この世界はかくも他力本願であるのか、と〟
テオドロスの言葉を否定する事は簡単だし、実際他力本願ばかりではないところもあると立花は思っているが、口を挟む事はしなかった。
〝結局私も勇者を憐れに思いつつ、誰かが変えてくれることを願っていたのだ。勇者を救うことなど実現不可能だと思ってな。
そんな不甲斐ない私ではあるが、今は出来る限りのことをしたいと思っている〟
アウロラとトールを連れていけるようになった教えてくれと言って、テオドロスの念話は切れた。
「終わりました?」
箸を持ったまま止まっていた立花に、倉橋が聞いた。
倉橋は立花が誰かに念話をしているのを察して、他のメンバーに気にせず食べましょうと促し食事を勧めていた。
「あぁ。テオドロスさんにもう少ししたら子供を連れていける事を話しておいた」
「なるほど」
「連れていったら、テオドロスさんは俺たちに協力してくれるそうだ」
「意外やあっさりですね」
何個目かわからないロールキャベツもどきをぱくつきながら返す倉橋。
「いや、話を持って行った時からわりと乗り気ではいてくれていたみたいだ」
「へ~そうだったんですね」
立花と倉橋の向かいでは、ゴットフリートがテルミナに誰?と聞いて、テルミナが剣聖と短く答えていた。
「なあエンデ、テオドロスさん新兵の訓練は経験あるって言ってたけど、料理とか洗濯とかするの?」
「師匠は何でもできるぞ。料理は私よりうまい」
立花の頭に割烹着姿のテオドロスがリターンした。
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